。。☆゚ ゜しおんえつこのスピリチュアリティ勉強中ブログ~セルフヒーリングで心キラキラになりませんか~゜゜☆。。


スピリチュアルTVのチャットである方が、

「自分をわかってもらいたい」

ということについて、

「人は相手のことを理解できないのだから、
わかってもらおうとすることをやめる」

ということについて発言なさっていて、
それについて私が人というのは
赤ちゃんの頃に体験した
「お母さんの優しい愛」を
求めているのだと思うことについて
発言した出来事がありました。

人というのは赤ちゃんの体で産まれて来た時、
たいてい一般的にはお母さんが
聖母マリア的・観音さま的な
どこまでも「いい子いい子」して
優しくしてもらえるという
「優しい母の愛」を人生最初で体験する人が
多いだろうと思います。

だからその赤ちゃんの頃に体験した
「いい子いい子」してくれる「優しい母の愛」が
「愛」であり、「愛されることだ」と
思い込んでしまい、
大人になってもその「いい子いい子」の
「優しい母の愛」を与えてもらいたいと、
他人に求めてしまうのだと思います。

そして相手(他人)に「いい子いい子」の
「優しい母の愛」を与えてもらえると思った相手に
べったりとして依存して安心を得ようとする、

中には相手から愛を与えてもらっているのに
相手に愛を与えない、もらって喜ぶばかりという、

「だってこの人はお母さんの愛を
与えてくれる人だから。
だから私は愛を与え返さなくてもいい」

そういうことをする人もいて、
そういうことをするほど
人間関係がうまくいかないということを
私は人生の人間関係の中で体験してきました。

これだけでなく、
何人かのパートナーでもない男性が私にしてきた

「俺の言うことが正しいんだから
お前は俺の言うことを聞けばいいんだ。
お前は俺を満足させればいいんだ。」

という支配欲で
相手を自分の従者にしようとする人も
人間関係がうまくいかないことを
伝えておきます。

さて、人が「これが愛だ」と思ってしまう
「いい子いい子」をしてくれる
聖母マリア的・観音さま的な「慈母愛」の
「お母さんの優しい愛」というのは、
自分にとって厳しいことをされることではない、
と人は勘違いしているのではないかと
私の人生の人間関係の中で体験しています。

【記事】加藤諦三の『愛される法則
~愛はこんな小さなことで確かめられる~

http://sanmarie.me/lovelight/

この記事に加藤諦三さんのご著書から
転載してくださった中の、

~ここから引用~

>>愛を知らない人は、騙される。

>>お漏らしをした子供がいる。
>>おむつただれができている。
>>子供は気持ち悪い。

>>でも、お風呂に入れて、きれいにして、おむつただれを治してあげようとする人を嫌がる。
>>しみて、痛いから。

>>おむつただれをほうっておいて、付き合ってくれる人が「いい人」になってしまう。
>>面倒を見ない人を、子供は「いい人」と思う。

>>しかし、この「いい人」は、赤ん坊が泣き出せば、逃げてしまう。


~引用ここまで~

これはすごく「優しい愛を与えてもらいたい」
と思っていた私に・・・
いや、今でも

「いい子いい子してちやほやするような
優しい愛が与えてもらえるのは良いな」

と思っているけれど、
その私がとても納得する言葉です。

厳しい愛も人生生きていくのために
人には必要なのだと、
私はよく知っています。

鞭ばかり与えられて
その鞭打たれた傷で痛いという、
苦しみの感情が消えないうちは、
鞭打たれたというその記憶を思い返すだけで、
苦しみ続けてしまう。

優しい愛を誰かが与えてくれて
その時は喜べたとしても、
鞭打たれた時のその記憶を思い出して
感情が湧いてきて苦しんでしまう。

赤ちゃんの頃にお母さんや誰かが与えてくれていた
あの『優しい母性愛』を人は他人に求めてしまう。

手厳しい言葉を言って来たり
自分を受け入れなくなって突き放してきた人を
「愛ではない」「思いやりがない」とし、
「怖い人」と思い、
その人の手厳しい愛というものが
どういうものなのかに気づくことができないうちは、
その人のことは「この人は人を愛せない人だ」になる。

それは私も同じです。
人生の先達や別の宇宙で辛苦を体験しながら
生きている人たちが、
私のことを考えてくださって言ってくださった
その手厳しい言葉や行動が、
私には鞭打たれているように感じ、
あとでその言葉や行動を思い起こして
ボロボロ泣いたりもします。

でも、私のことを考えてくださった
その手厳しい言葉の意味を
しっかりよく考えて納得がいった時、
その手厳しい言葉は鞭のようだけど
大切なことだと気づきます。

「いい子いい子」をしてくれて
「あなたはなんにも間違っていなくて悪くないんだよ」
「あなたは自由にしていてもいいんだよ」
「どんなあなたでも私は認めてあげるし
受け入れてあげるよ」

なんていうことをしてくれる
『地上の別の肉体を持った人間』は、
本当にあなたのことを思ってくれている人ではない、
ということです。

これらの愛は、最近、悟りの話をしている方や
特殊な肉体の状態で臨死体験をした方などが語っている、
天界に戻った時に実感する『神さまの愛』というのが
こういうもののようですので、
それを地上で肉体を持って生きている『人間』や
動物本能的に生きている『人』に求めても
無理だということです。
その相手が聖者ならどうかわかりませんけれど・・・


他人に「いい子いい子」の「優しい愛」を
与えてもらいたいと思った時は、

☆天界の優しい天使の音楽のような
ヒーリングミュージックを聴く

☆エンジェルカード(オラクルカード)を引く

☆温泉または銭湯の広くて温かい湯船に浸かる

☆お布団にくるまれる

☆近所のお地蔵さまとか神社やお寺や
自宅に飾った神仏のご像や仏壇に手を合わせて
神仏に聴いてもらいたいことを話すか、
『話し相手サービス』か『傾聴ボランティア』を利用する

☆人の話を聴くのが好きという人に聞いてもらう。
カウンターのあるカフェのマスターも聴いてくれたりします
(ただし自分に都合の良い返事がもらえるとは限りません)

「ただ話を聴いてくれればいいんだ」
と思う人は多いと思いますが、
話の内容が愚痴とか苦しみ話だと
聴かされるほうは精神的に苦しいと感じ、
「心のゴミ箱にされている」
と思う心の境涯になったりもします。

ヒーリングに取り組んで
心が癒されて満たされてくると、
愚痴話や苦しみ話は
「私の心のゴミ箱にしないで」
と思う心の境涯になります。

まぁ、大人になると
「お母さんのいい子いい子な優しい愛」や
鞭打つような「手厳しい愛」を
他人に「与える側」の立場になります。
それができるだけの人生勉強をしてきた人や
子どもの親になって子育てをするようになればです。

肉体と年齢だけが成人の立場で
心と中身は子どもです、という方もいますが、
周りの子どもたちや大人たちが
「大人なんだから」と思って
「この人は体の大きい子どもだ」
という風に見てもらえないのが
成人者の立場です。

自分の心について内観したり
心について知ったりするのに、
哲学者で心理学者の加藤諦三さんの本や
ユーチューブの音声動画がたくさんある
『テレフォン人生相談』を聴いて
自分の心について内観するのは
とてもいいと思います。

テレフォン人生相談の
幸せ道しるべ動画

https://www.youtube.com/channel/UCI7u91brLdS1WT0PxNy1TVw

「いい子いい子」な「優しい愛」ばかり
求めてしまう私(たち)に向けた、
高級霊シルバーバーチのお言葉もあります。

シルバーバーチに見る“真実の愛”
~愛を安売りする風潮の中で、本物の愛を求めて~

http://www5a.biglobe.ne.jp/~spk/sp_newsletter/spnl_backnumber/spnl-31/spnl-31-1.htm

ただ、間違えないでいただきたいのは、
手厳しい言葉を相手に言う場合、
相手との『信頼関係』(ラポール)が
築けていない場合は、
相手は(自分は)逃げていきます。

ネット上でとか会ってすぐとかで
社交的にやりとりしているだけの相手とは
『信頼関係』(ラポール)は築けていないので
厳しい言葉を言った(言われた)場合、
逃げていくことになり、関わらなくなることでしょう。

特に子どもの頃(大人になってからでも)に
親や誰から虐待されて
暴力・暴言・DV目撃・性被害暴力など
暴力を受けた人に「手厳しい言葉」を言うと
その人はあなたを嫌いになり、
さっと逃げられる人は逃げていくでしょう。

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2017.04.30 / Top↑

心屋仁之助さんを「イイネ!」しているので
フェイスブックのニュースフィードに
心屋さんの記事が表示されるので、
気になったタイトルのブログ記事を
たまに見に行くことがあります。

でも時々、心屋さんの観念外しの発言の内容に
コメントしてくる女性たちのコメントを見た時、
その女性たちは観念の枠が外れて心が楽になっているけれど、
心が楽になることと現実における「生活」に関してのことは
別の話なんだけどな・・・と思うことがあります。

例えば、この記事の女性たちのコメント。

独身は気楽でいいよね
(心屋仁之助さんオフィシャルサイト)

http://ameblo.jp/kokoro-ya/entry-12269057194.html

この記事のコメント内容でいくつか投稿があるけれど、
女性が仕事についての選択で仕事を辞めたり
自分が好きな仕事をするという選択をしていますが、

旦那さんの収入が月収100万円以上とかあるなら
その選択をしても問題がないかもですが、
旦那さんの収入が月収手取りで18万円~25万円とか
子どもが3人以上いて収入が月収30万円くらいですとか、

子どもが2人とか3人とかそれ以上の
子だくさん人数を育てていて、
老後介護をすでに必要としている老いた親が
貯金が少なくて年金は国民年金で
1人月7万円くらいしかいただけなくて、

自分たちが老いた時に年金がどれくらいもらえるのかわからない、
そういう経済力のご夫婦のケースの場合、
主婦の方がこういう選択をしてしまうのだとしたら、
経済面で人生を最期の日まで生きることができるのかという、
そういうことにつながってくるはずなので、

このコメントをした主婦の方たちの旦那さまが
月収100万以上の収入があって、
すでに貯金が夫婦が100歳まで生きていける貯金があって、
急に旦那さまが亡くなっても奥さまが100歳くらいまでの寿命を
生活していけるだけの億単位以上の貯金があるとかなら
別にその選択でもいいわけだけれど、

そういう経済力ではなく収入が少ない旦那さまの奥さまたちが、
仕事に関してこの選択をしていたら
人生最期の日までやっていけないことは確かじゃないですかね?
と私は思うんですが?

そもそも旦那様が高給取りだったとしても、
若くして亡くなるとか病気で急に働けなくなるとか、
離婚して慰謝料とか養育費とかも
そんなに高額いただけるわけでないとか、
そういう場合も人生にはあるわけで、
離婚はすごく確率が高いことなわけなんです。

自分の心を縛って苦しませている
観念が外れて心が楽になることと、
特に経済力が大きく影響してくる『現実的生活』、
つまり『現実的生活』とは、

『自分と家族の命を最期の日まで守り続けて
抜け殻になった肉体の遺骨の処理まで責任を持って行うこと』

とは別に考えたほうがいいと思うのですけれど?

今、スピリチュアルとか政治に関して経済的なことを考えると、
いずれ未来は日本は『お金のいらない国』になるとか言われていますが、
『お金のいらない国』になるためには、
国民のみんなが愛の意識がものすごく高くなって
自分を愛するように人も愛して、
思いやり、与え愛、みんなで分け合う、の愛の心で
部族主義の共同体で生きていくという、
そういうことができる心にすべての人々の心がならないとなんですよ。

それって、今現在の人々を見ていると、
とてもお金のいらない国が現実化するようには
思えない人々だらけで自分も無理そうだなって、
私にはそう見えるんですけれど・・・?

前に『心の自由度』についてのことを
記事にしたことがあるのですが、

悟りの勉強をしていて勘違いする『心の自由度』のこと
http://tensitatinokotodute.blog.fc2.com/blog-entry-1990.html

上記記事↑にも書いたように、
『心の自由度』というのは、

『自分が身を置く環境において
束縛などの制限を少なくしていくことが
自由になることではなく、
どんな環境に身を置いていても、
制限されているものについて
制限されているという物の見方をしない』

ということが『心の自由度が高い』ということなのです。

まぁ、これができるのは
『悟りを得た人、特に聖者』
のレベルの話ではないかと思いますけれどね・・・

観念の枠がどんどん外れていって
心の自由度が高くなることと、
とくに経済面が大きく影響してくる
『現実的生活』における『お仕事』については、
『好きな仕事をすればいい』
というわけではないということです。

世の中には、高級な労働賃金を稼げる仕事ができる人や
高額な不労働収入が得られるような人と、
低賃金の仕事しかできない仕事能力で
お金があまり稼げない人とがいるんです。

私など、スピリチュアルTVの初代運営者の
故・テディさんから
「がんばってね、才能あるんだからさ」
とオラクルカードカウンセリングの才能を
スピリチュアルTVの番組の放送で
公言していただけたくらいの
オラクルカードを使ってのカウンセリングができる
ある程度の能力がありましたが、
セッションのご依頼自体がほとんど無くて、
お心づけ後払いでセッションをしても
お金はまったくいただけないか
500円以下しかいただけないことばかりで、
稀にですが、昔言われていた一般庶民が
旅館の仲居さんへの1泊した時のお心づけの
最低金額と言われている金額を
振り込んでいただけたことが稀にあったくらいで、

正規価格でしかやらないことにしたら
ご依頼はまったく来なくてまったくお金が稼げず
プロのオラクルカードカウンセラーとして
納税もできなければ生計を立てるなんて絶対無理だった、
そういう、なにかの才能があってもお金を稼げない、
という人だっているんです。

あなたの旦那さまが高給な労働賃金を
得ることができる仕事能力の方なんですか?

あなたのやりたい『好きな仕事』は
自分と家族が人生を最期の日まで生きて
遺骨の処理までちゃんとできるお給料の仕事なのですか?

もし離婚した時に子どもを自分が引き取って
低賃金の『好きな仕事』をして生きていけるでしょうか?

国は税収が取れなくてアメリカさんに税金をたくさん持ってかれて
生活保護はそう簡単に認可がおりてもらえるわけではないんです。
年金は未来になるほどもらえるかどうかが
わからないことになってきています。

『観念の枠がはずれて心の自由度が高くなる』

ことと

『現実的生活における経済力を得るためのお仕事』

については別の話だとお考えになってみてくださいませね。

「私は月収12万稼ぐ仕事能力しかありません。
だから同じ働くなら自分の好きな仕事で月12万稼ぎます」

と主婦の方が考えたとしても、
旦那さまのお給料が高給ではなくて、
奥さまの収入が月12万以下では
夫婦合わせた収入で子育ても含めて
人生最期までやっていけないとなる場合、
好きでやりたい仕事で月12万稼げばいい、
という話にはどうしたってならないわけです。

スピリチュアルで最近言われている、

「やりたいことをやればいいんだよ!」
「やりたいこと、好きなことを仕事にすればいいんだよ!」

というのは頭がお花畑になっている人の物の考え方です。
これを言うスピリチュアルカウンセラーさんが
わりといるんですけれどね、
人は持っている星や宿命や運命や脳力や能力や
家族環境などもいろいろと違うので、

「私はやりたいことをやって成功しました。
お金も高額稼げているので、
私もできたんだからあなたもできます」

なんていうのは、職種にもよりますし、
人によってそれができる人とできない人がいるんです。

世の中には自分の好きなことややりたいことを
仕事にしてお金もしっかり稼げるという人と、

好きなことややりたいことを仕事にしても
お金はあまり稼げないか全く稼げない人と、

好きなことややりたいことを仕事にすることを
させてもらえない運命の人がいるんです。

そこを忘れないようにお願いします。

心屋仁之助さんの例で言うと、
心屋さんは性格リフォーム心理カウンセラーさんで、
『ナイナイアンサー』に出演して
一躍日本全国で有名になってものすごいファンがついて
ブログ活動や書籍の出版でどんどんファンが増えていって、
心屋仁之助さんは大人になってからギターやピアノを練習して、
ギターやピアノを弾く腕がいいわけでもないけれど、
武道館や地域のコンサート会場などで
演奏しながら歌ってファンが感動して、
お金もばんばん稼げてしまっているわけですね。

けれど世の中には3歳くらいからピアノなど楽器を
本格的に有名な先生に教えていただいて
毎日何時間もの練習をずっとやり続けて、
音楽大学にも行って本格的に音楽のことや
演奏のことをしっかり勉強して、
音楽コンクールに出場したり
小規模な会場でコンサートをやってみたりしても
人気を得ることができずに演奏依頼も来ることがなく、
音楽の方ではプロとして一流プレイヤーになれなくて、
仕事として生計を立てていくことはできず、
別の仕事をしながら好きな楽器演奏を続けていくか、
楽器演奏そのものをやめてしまう、
という人もたくさんいるんです。

心屋さんは3歳くらいから
本格的に楽器を練習したわけでもなく、
楽器演奏がうまいわけでもないようで、
性格リフォーム心理カウンセラーなのに、
武道館ライブをして楽器を演奏しながら歌を歌って
お客さんが「感動したー!!!」と言って
お金もばんばん稼げてしまうわけです。

好きなこと、やりたいことを努力し続けて
お金をたくさん稼げちゃう人と
稼げない人がいるのが現実というもので
好きなこと、やりたいことを仕事にすることができるかは
その人や旦那さまの収入によって違うということなのです。

観念の枠を外して『心の自由度』を高くすることと
人生を生きていくために必要なお金を稼ぐ
『仕事』の自由度を高くするかどうかは別の話です。

もっとわかりやすく言うなら、

「(一般的な仕事で)今やっている仕事の
何が楽しいのか、素晴らしいことなのか、
どう社会的貢献であるか、人々への奉仕であるか、
どう自分にとって学びになっているかという、
その仕事の良さに気づき、
その仕事を好きになってしまうこと」

をしてみるといいということです。

今働いているところの人間関係がひどくて
いじめられていて辛いですということなら、

☆仏教の『慈悲の瞑想』をするか、

☆ハワイアンヒーリングの『ホ・オポノポノ』をするか、

☆『マーフィーの法則』の潜在意識の活用の前向きな祈りをするか、

☆奇跡のヒーラーのブルーノ・グルーニングさんにお願いして
自分と職場の人たちに『ハイルシュトローム』を毎日流していただく
アインシュテレンをして『神の治癒』に取り組み続けるか、

をして職場の人の心の癒しをすることがおすすめです。

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2017.04.28 / Top↑

何度がこのブログの何かのテーマで書いた記事に
書いたことがあるのですが、
最近、スピリチュアルの知識や悟りの観点を
自分が幸せでいるための利己心に都合よく解釈して
それを別の肉体を持つ人に通用させようとしている、
価値観がおかしくなっている人に出会います。

地球の未来を変えていくために生まれて来たという、
『インディゴチルドレン』という
古い世代の魂の今までの価値観が
通用しない人たちもいるそうですが、

どうもそういう人ではなく、
自分の心が自由で幸せでいるために、
スピリチュアルの「あなたは自由です」とか
悟りの観点の「善も悪もない」などを
自分に都合よく解釈して取り入れて
自分以外の肉体を持つ人に通用させようという
行動言動をしている人がいるんです。

そういう人が増えているなと思ったのですが、
私の知人と友達のカウンセラーさんや占い師さんも
同じことを言っています。

たとえば、この間、こんなことがありました。
スピリチュアルTVに出演していた男性が
私のコメントに対して発言した内容が
私にとって「なんだこの人は!」と思う発言だったので、
その人に対しての文句を番組が終わった後、
スピリチュアルTVのチャットに書き込んだのですね。

するとあまりチャットで見かけないお名前の方が、
その出演した男性が気に入っているからなのか、
それとも私のことが普段から
気に入らなかったという人なのかわからないのですが、
私の発言に対して出演男性の肩を持つことを
言い返してきたのですね。

しかも、私のことを「えつこさん」と書いてくるのです。
(私はネット上で しおんえつこ という名前でも発言しています)
その方と仲良く会話したこともないはずで
親しいわけでもないから、

「私はえつこさんと呼ばれるのはあまり好きじゃありません。
人を下の名前で呼ぶのは相手と親しくなってから
相手に下の名前で呼んでもいいか
相手に許可を取ってから呼ぶものです。
私はあなたと親しくないし。」

と書いたら、

「それも私の自由です」

と相手は発言してきたので、私は、

「それは違いますね。
 「私があなたをどう呼ぼうが私の自由だ」
なんて人間関係のマナーの上で通用しません!」

と私が書いたら、
相手は「しおんさん」と書くようになりましたが、

スピリチュアルの「あなたは自由です」というのを
自分の利己心に都合よく考えているから
こういうことをするのです。

幼稚園~高校か大学生くらいまでの子どもの世界だと、
友達になっただけで相手のことを
「●●ちゃん」
と下の名前ですぐ呼びますし、
その時に
「●●ちゃんて呼んでいい?」
と確認を取る子とまったく確認を取らない子といますが、

「仲良くしよう」とか
「友達になろう」とか言った相手に、
下の名前で呼んでいいか確認せずに
「●●ちゃん」
とすぐに呼んでいいのは子どものうちだけです。

大人になったら相手のことは苗字で呼ぶのが基本です。
子どもでも知り合った大人に呼びかけるのなら
苗字で呼ぶのが基本です。


ネット上で知り合った場合は
ハンドルネームを使い本名を教えない場合もあるので
そのハンドルネームで呼ぶものですが、
リアルでお会いして本名で知り合った場合は、
相手のことは苗字で呼ぶのが基本です。

また、先ほど私とチャットで初めて会話するのに
「えつこさん」と書いてきた相手は、
私が文句を言った出演男性が
私のコメントに対して言って来た発言のことを、

「●●さんは自分の主観と価値観で自己主張しているだけですよね。
それは●●さんの自由では?」

と言ってきたので、私は、

「●●さんが私のコメントに対して言ったことは
●●さんの主観と価値観での自己主張で●●さんの自由です。
その●●さんの私への発言に対して
私が自分の主観と価値観で自己主張するのも私の自由です。」

と書いて、その出演男性がしていることについて
私の意見を書いていたら、その言い返してきている相手は、

「しおんさんは正義や自分の価値観を押し付けているだけでしょ」

みたいな発言をなさったので、

「人間関係でさんざんもまれてきていれば、
自分の価値観を言うことも必要だし
正義だって法律だって、それこそ宗教の戒律だって
道徳だって人間には必要なんだということがわかります!」

ということを発言しておきましたが、

自分の気に入らないことを相手が言ってくることは、
「価値観の押し付けだ」
という物の考え方をして、
自分の心が自由で幸せでいるために、
自分に都合の悪いことは全部
「相手の価値観の押し付け」
という物の見方をして、

「相手の意見は自分には必要ない。
自分には自分の意見が大事だから
受け入れる必要はない」

みたいになっている人が
増えてきているのかなと思いました。

他人の価値観の『押し付け』と思うのは、
相手が自分の意見を言ってきたときに
自分が自分の意見を相手に自己主張したけど、
相手がその意見をまったく認めないで
「お前は私の言うことを聞けばいいんだ」
と言い続けてきたときに、
相手の力に抵抗できる力がない時、
「価値観の押し付けだ」
と思います。

自分の意見が社会的にとか人間関係で
通用しないような価値観であることを
わかっていない自分に対して、
親とか上司とか先輩など他の人が、

「人間てこういうものだから
(または世の中はこういうものだから)
こういう風にしたほうがいいんだよ」

と「知恵」や「知識」や「生き抜き方」の
意見を言って来ている場合、
それを自分が認める気にならない、
それを適用する気がない場合も、
「価値観の押し付けだ」
と捉えることもあります。

ですが、スピリチュアルの
「あなたは自由です」
というのを間違えてはいけないのは、

「自分には自分の主観と価値観だけが必要で、
他の人の主観と価値観の意見は
私の人生には必要ないものだ」

と考えるのは違うということです。

人生を先に生きてさんざん苦労した人が
人生の中で知ってきたことや、
頭がとてもよくて
「1を知って10を知る」
ことができるような人の意見などが、
自分の人生ですぐにとかいつか役立つことも
時にはあるということ。

それは頭に置いておかないとならないです。

子育てしているお母さんやお父さんならわかるはずです。

幼子や学校に通っている子どもや
成人したばかりの若い子は、
人生体験が少ないことで経験値が少なく
危ないこともしてしまうことがあったりするので、
人生を先に生きて来た自分が知ったことを
子どもや若い子に教えることも必要なのだと、
子どもを育てている方ならわかるはずです。

私も40代後半ですが、
38歳くらいの頃からうちに来てくださっていた
ヘルパーさんがお孫さんのいるご年齢の方で、
うちに通い始めてくださったのがたぶん62歳くらいの頃で、
2016年12月31日でヘルパーを引退しましたが、
70歳まで通ってくださいました。

私がスピリチュアルを学んで
「引き寄せの法則があるから」とやってみたいことを話すと、

「世の中、人間というのはそんな自分に都合よくないんだよ!
人間はこれこれこう考える人が多いんだよ。
うんぬん・・・」

ということなどをきちんと言ってくださって、
よく叱ってくださいました。

ヘルパーさんも今の若い子や子どもが
変な価値観の子が増えてきていることは
おっしゃっていました。

大人になってすべてにおいて自己責任で
自分の行動言動に自分で責任を取ることができて
生きていくことができるというのなら、
他人の意見をすべて
「価値観の押し付け」にして
自分の主観と価値観だけで生きていくということも
ありなのかもしれませんが、

私たちは一人で生活していくことはできず、
人に教えていただかないと知ることができなかったり、
人のお世話になったり、
人に協力していただいたりしないと
生きていけないのに、
自分がやったことについて
自己責任を取れるものと取れないものがあるのに、

「他人の主観と価値観は受け入れない。
自分に必要なのは自分の主観と価値観だけだ」

なんていうのは、非常に傲慢だし
世の中で生きていくということや
自分がなんでも知っているわけでも
なんでもできるわけではないことを
わかっていない人だと思います。

価値観の「押し付け」の「押し付け」というのは、
相手がこちらの意見はおかまいなしに、

「俺の言うことを絶対に聞けばいいんだ!」

としてきた場合が「押し付け」となります。

ただ誰かが自分の意見を主張しただけの場合は、
「価値観の押し付け」
とはなりませんから、

「この人の意見、自分は気に入らない」

と思っただけで、

「この人は自分の価値観を押し付けている」

と考えるのは違うということです。

自己主張するべきときはする必要があり、
お互いが関わるときに
相手や自分の主観と価値観に対して、
譲歩すべきところは譲歩したりする、
受け入れてあげたり受け入れてもらったりする必要もある、
ということです。

それからこれをいつも
頭に置いておいていただきたいのですが、

人というのは小さなころから
お母さんやお父さんや学校の先生に、

「こうしなさい」「ああしなさい」と『命令』されて
それに従わないとならない子ども時代を過ごし、
社会人になると上司や先輩などから仕事のことで
「これやってくれ」「あれやってくれ」と『命令』されて
それに従わないとならなくて、
「命令」に従って生きて来たため、

誰かになにかを言われたとき、

「これをやれと命令された!」

と無意識に受け止めてしまうのです。

相手はただ

「自分はこう思っているんだよ」

と「言っているだけ」だったとしても、
自分のほうはその相手の言って来たことに対して、

「言うことを聞け!と言われた!」

と無意識に思ってしまうのだということ。

相手が「ただ自分はこう思っているんだ」と
「言っただけ」なのか、

相手が自分に「私の言うことに従え!」と
「命令」してきているのかを見分けるのは、

相手の「意見」に対して自分が、

「あなたはそう思っているんですね。
私はそれについては違う思いでいて、
これはあなたにそうしろと言うわけではなく、
私はこう思うんだなというだけのことなんですが、
私はこれについてはこれこれこう思っているんです」

と言ったときに、相手が、

「それはそうだけど(または「それは違う!」
これこれこうなんだよ!
だからこうしたほうがいいんだよ!」

と相手が自分の意見に「従わせよう」としてきた時は、
相手が「命令」してきているということになります。

ただ、人生体験が少ない場合、
相手の意見を取り入れてみることで、
うまくいくということも時にはあります。

相手になにか言われた時、

「命令されている!」

と無意識に受け止めてしまうのだということ、
心に留めておくといいと思いますよ。
(*^^*)

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2017.04.28 / Top↑

2017年4月中のある日のことですが、
あるジャンルのある勉強の集まりに参加した帰りに、
自転車に乗りながら悟られている方が話していた
悟りの観点を思い起こしていました。

「善も悪もない。すべて愛です」
「利己心も利他心もない。全部利他心なのです。」
「優しい愛も厳しい愛もない。愛は愛。」
「すべては愛です」

こういうのを『無分別智』と言うそうで、
悟った方の一元の心の境涯は
「すべてが愛」なんだそうです。

そして悟った方のこんな話も思い出しました。

「お釈迦さまが体験した悟りというのはね、
そこらへんの道端の石ころや草や道の土が
お母さんと同じになってしまうということだよ。
だから道を歩けないの。
だって土も草もお母さんと同じだから、
お母さんを踏めないでしょ。」

この話はスピリチュアルTVの視聴者で
さとりを得ている方が教えてくださったと
記憶しているのですが、もしかしたら
とまべっちさん(天才博士の苫米地英人さん)の
お釈迦さまの悟りの話の動画で
知ったことかもしれません。

で、自転車をこぎながら、
これらの悟りの観点を思い起こしていた私は、

「悟りとは、いったいどういうものなんだろう」

と思いを馳せた時、
急に子どもの頃に父が私に言った言葉が
ふっと脳裏に思い起こされて、

「そうか!そういうことか!」

と悟りの観点が言っていることが
こういうことだったのかと気づきを得たのです。

その悟りの観点の気づきを表す言葉を書きますが、
たいへん下品な表現の仕方になりますし、
お食事時でしたら申し訳ありません。

その悟りの観点とは・・・


「糞味噌一緒でごったくた
うんこ食べられる人だ
うんこは愛だ」


です。

『無分別智』ってつまりはそういうことでしょ?

そう・・・中学1年生くらいの頃でしょうか、
私がある衛生観念のないことをしていたので、
父が私に吐き捨てるように、

「あんたは糞味噌一緒だな」

と言ったことがあったのを思い出したのです。

そしてこの
「糞味噌一緒でごったくた」
であることに気づいた時、
スピリチュアルTVのテディさんが
スカイプでやっていらした
『悟りのサポートトーク サットサン』
に参加していた時に、
テディさんが私に悟りというものを教えるために
うんこに例えて語ってくださったことを
思い出したのです。

テディさん、こうおっしゃっていました。

「私たちはね、うんこをした時に手を石鹸で洗うでしょ、
それはうんこを汚いと思っていて
うんこを悪だと思っているんだよね。

だけどうんこは土に混ぜると土が栄養たっぷりの
ふかふかのとても良い土になって、
野菜が栄養たっぷりに育つでしょ。

うんこが毎日出なくなると
私たちはとても苦しい思いをするでしょ。
うんこ出ないと体にすごく良くなくて、
うんこが出るととてもスッキリして
幸せな気持ちになるでしょ。

うんこの状態で自分の健康や
ペットの健康がわかるでしょ。

うんこはそれくらいすごいものなんです。
私たちはうんこを善にも悪にも見られるけど、
うんこは愛なんですよ。」

テディさんはあの時私にこうおっしゃいました。

つまり、

『糞味噌一緒でごったくた』で、
すべてのものに違いはなく、
すべてのものが同じもので
すべてのものが愛なんだ

が悟った方の一元の『無分別智』状態なわけです。

「糞味噌一緒でごったくた
うんこ食べられる人だ」

それに気づいた瞬間、

「悟りの観点掴んだり―!!!
我、気づきを得たり―!!!」


とか一瞬『アハ体験』をして
とてもスッキリしました。
(* ̄  ̄*)

この話を昨日、スピリチュアルTVの
一瞥体験を何度もされている視聴者さんに
スカイプのチャットで報告しましたところ、

「そうですよ。しおんさん、
頭ではなく実感で掴みましたね。
うんこは愛です♡」

とのことでした。

なので、私はうんこ食べられないから、
悟りを得ないで二元で生きていくのが
生きやすそうだと思いました。

心の勉強や霊的なことのお勉強をしながら、
自分の心を見つめて気づきを得ていく『内観法』をして、
エネルギーヒーリングにしっかり取り組んで、
「今のこの時」を体験しながら

泣いたり、笑ったり、怒ったりなどするときはして、
過去を振り返って気づきを得ようとしてみたり、
未来を想定して今どう動くかを選択してみたり、
とにかく「今を楽しむ」ことをしていこうと
そうおもいました。

その一瞥体験を何度もしている方も、
うんこは食べられないそうです。
けれどうんこを見て感謝して
「ありがとう」と言えるとのことです。

先ほど話したテディさんのうんこの悟りの話のように、
すべてのものは愛なんだと思えて
すべてのものは愛だと見られるようになった時、
悟りにとても近くなるんだと思います。

すべてのものに『逆説の法則』があり、
すべてのものにはメリットとデメリットがあり、
すべてのものが善にも悪にも見ることができ、

自分が「見て」いるものに、
どんな善と悪があるのか、
どんなメリットとデメリットがあって、
どう愛なのか?

そういう視点で「そのこと」を眺めて、
「そのこと」をどう感じるかの自分の心を見つめて、
「そのこと」を「そう感じる」自分の心の
「根底にあるもの」「大元の原因」に気づき、
エネルギーヒーリングやフラワーエッセンスで
その大元になった心の引っ掛かり問題の
感情エネルギーを浄化して心を癒していく・・・

そうすることで観念の枠を外して
どんどん心を楽にしていく。

その上で、私たちは個別の肉体をいただいて
分離を体験して生きているのだから、
この世界で一元の観点と二元の観点の
使い分けをして地上で生きていく。

そんなことを思った
「糞味噌一緒」の『アハ体験』でした。

元モルモン教の信者さんだった方に
この話をしましたら、
とても面白く感じられたようで、
とてもウケたようで、
こうおっしゃっていました。

「創世記のアダムも神さまが
塵から作ったので糞味噌に通じるところが
あるように思います。」

アダムは神さまが土をこねて作ったことが
旧約聖書の初めのほうに書いてあるんです。

つまり、土はうんこによって
フカフカの栄養たっぷりの良い土になっているので、
アダムはそのうんこによって出来上がった
栄養たっぷりの土によって
肉体を作ってもらったということなので、
糞味噌一緒なわけです。

まさか悟りの観点を掴むことが
うんこによってだとは・・・

高尚な話のようで高尚じゃないような
そんな複雑な気持ちを持ちました。
(* ̄  ̄*)

世の中なにが学びとなって気づきを得ることになるのか
わからないものだなと思いました。

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2017.04.26 / Top↑

スピリチュアルな人たちで
悟りの勉強とかスピリチュアルの知識を
学んだりしている人たちが、

利己的な幸福を得ることだけを考えて
頭がお花畑になっている方が多いので、
この記事をもってこの真実を告げるために
戦っているサイトさん
『福田元昭の桜の木になろう』をご紹介しておきます。

福田元昭さんはブルーノ・グルーニングさんの映画をご覧になって
私のブログにコメントをくださった方で相互リンクしています。

この記事を一気読みしました↓

【真実を告げる記事】
666.安倍晋三は世界から凄まじい勢いで取り残されている日本の象徴ではないか?

http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-898.html

福田元昭さんのブログ記事ですが、

「こういうのはこういう宇宙を求める人が
やっていればいいんだよ。
自分の幸福の宇宙には関係ない」

と思っておられる方は
現実をちゃんと見ていない
頭がお花畑の方になります。

この日本で肉体を持って生きている以上、
これらの影響を受けて生きているということになります。

私はおそらく『ボイルド・フロッグ症候群』で
生命エネルギーのほとんどを使い切っているので
エネルギーヒーリングでエネルギーチャージをして
少しだけ動ける状態に過ぎないため、

日本をほんとに良くしていくために現実的に行動し続けて
どうにか日本をよくするための活動に
貢献することが難しいのですが、

人が心の幸福を得るためにヒーリングに取り組むことや
メンタルカウンセリングや
スピリチュアリティの知識・情報や
悟りの観点などでの心の勉強をしながらの
内観法をしたりして心を見つめて体験をして
心の気づきがあればそれについて
ブログに書いたりして活動します。

このご紹介した福田元昭さんの
『666.安倍晋三は世界から凄まじい勢いで取り残されている日本の象徴ではないか?』

の記事を読みながら
スピリチュアリティを学んでいる私が思ったことが
いろいろとありました。

例えば、地球の未来を変えるために生まれて来たという
『スターチルドレン』のことや、
その『スターチルドレン』たちを育てる親世代のことです。

古い世代の常識が通用しない
新しい物の考え方をする『インディゴチルドレン』は
『インディゴチルドレン』に関する書籍を読むと、
輪廻転生をすごくして酸いも甘いも噛み分けた
古い魂の持ち主だと書いてあり、
しかもADHD(発達障害)と誤診されるような
脳の機能の働きが古い世代の魂とは違うらしい人々のようで
1975年以降に多く生まれてきているとあります。

そして『クリスタルチルドレン』は
もともと天界の住人だった魂で、
インディゴチルドレンを親として
初めて地球に産まれてきたという魂たちで、
天界での記憶を持って生まれてきているとか、
生まれつき天使と会話できるとか、
石のエネルギーがわかるとか
花と会話できるとか、
直観・直感が鋭いとか、
そんな人々だと聞いています。

『レインボーチルドレン』に関しては
日本男性が書籍を1冊出されていますがまだ読んでいなくて、
私はどんな人々か存じ上げません。

ですが、この『スターチルドレン』の子どもたちは、
今までの古い世代の魂の人々の学校体制が合わず、
登校拒否をしたりフリースクールのような
新しいやり方の学校に通ったりして、
どのような勉強などを学んでいるのか、
どのような教育を受けているのか私ではさっぱりわかりません。

『スターチルドレン』の方たちが
フリースクールやそういう系の学校に通って学んだことで

国に国益を与えられる仕事能力がある大人になるのか、

企業で国民や海外の人たちに必要なものを提供して
金銭なり生活していけるだけのものを得られる大人になるのか、

親が、誰かが、自分が肉体が老いて死んでいくことに対して
最期までその人や自分の肉体の面倒と心のケアをしながら
死を迎えるまでの責任がとれる大人に人々がなれるのか、

そういうことすらわからない状態になっています。

なにしろ、介護保険事業所から、

「最近はヘルパーの仕事をする人があまりいなくて
メンバーがあまりいないのです」

と言われましたし、

介護職はハードで精神的にも大変な仕事なのに給料が低くて
家族を養ったりしながら生計を立てて行けるような仕事ではないから
誰も介護職になんてつきたくなくて、

しかも核家族で育っていることで
小さな子どもの頃にご老人を尊敬したり慕ったりするような
体験をしないで育ってきた子どもたちは、
老人をバカにして見下す心になってしまうのに
その自分が見下している老人を介護してお世話するお仕事を
しなければならないなんて嫌悪の仕事になり、
そういう介護職をしたいと思う大人というのが
日本にはほとんどいないわけです。

さらに、『スターチルドレン』の親たちが、
新しい種類の子どもたちである『スターチルドレン』のことを
理解できず受け止められず育児に苦戦していて、
それでなくても育児についてわからないのに
手探りで子育てをしていかなければならない中で、

聖なる母の愛を体験して育ってきてない
心が病んでいる母親や父親が
『スターチルドレン』の子どもに虐待したり、
支配・威圧・依存して変な価値観を与えて、
『聖なる母の愛』『聖なる父の愛』を体験させられず
心の病んだ大人に育てていってしまうわけです。

そこへもってきてこの福田元昭さんの教えてくださる
日本の現状です。

ある意味、今、スピリチュアル界が、
『悟り』を得ようとか
『非二元』を得ようとか
そのための観点を発表してくださっている人から学んで、
『本当の心の幸福』つまり覚醒状態や非二元状態に
なろうとして観念外しをし始めているのは
ある観点からだとそうしたほうがいいということになります。

その上で、地球がアセンションしている最中だとからしく、
『ポジティブ地球行き』『ネガティブ地球行き』の話になり、
この地球は光の世界になっていくから
今までの地球に住みたい人は
肉体を去って別の星に行き、
『ポジティブ地球行き』を選んだ人が
これからのこの地球に住み続けて
この地球は『光の地球になる』とかいう話になるわけですが、

じゃあ、『ネガティブ地球行き』の人たちが
肉体を去って別の星に行くのであれば、
今の売国主義の政治家さんたちがそのうち肉体を去るのが
あと20年後か30年後かで、
30年後くらいには『ポジティブ地球行き』を選んだ
光の地球人たちによって政治が行われるようになるんですかとか
そういう話が考えられますが、

親から虐待されたり支配・威圧・依存をされて
『聖なる母の愛』を体験できなかった子どもたちが
人を愛せない心の持ち主に育つのに、

その子どもたちが30歳や40歳くらいの大人になって
国の政治や社会を動かし始める年齢になってきた時、
ほんとうに愛の光の国づくりと国際交流ができるんですかと、
そこに疑問や懸念があるわけです。

さらに少子高齢化で労働人口が減っていく中で、
キツイ労働をしたくない人たちが増えていて、
農業・畜産・漁業をやる人が減っているのに
どうやって食糧確保するのですか、
海外の人たちが豊かになろうとして
日本に食材を輸入させてくれなかったら
どうするのですかとか、

日本の水源を中国が買い占めていて
国がなんの対処もしていないらしいのに
水を中国から買わなければ手に入れられない日本になったら、
今までのように贅沢に湯水のように湯水を使っていた日本人が
水をあまり確保できなかったら生活はどうなるんですかとか、

福島原発も無害にする科学力がいつ発見されるのか、
日本各地に大地震が起きて
各地の原発も同じことが起きたら日本全滅ですかとか、

しかも今現在で、福島原発で放射能被害があるのに
「福島の食べ物は安全です!」とか
「福島を差別しないように」とスーパーが
福島や放射能被害の影響がある土地の
放射能汚染されている可能性の高い食材を売って
私たちに食べさせているわけです。

放射能汚染されているか
基準値を調べる測定機械、
あれ、おそらく初期設定をいじって
基準値の数値が出るように
している可能性が高いだろうと思いますよ。
機械ってそういことできるし
騙したい人たちはそういうことするでしょ?


さらに日本の企業が海外に生産工場を持つようになって、
日本の単純作業の仕事しかこなせない仕事能力の人たちが
働く先がなくなってしまって就職できず、ニート状態になり、
日本のお金持ちの人たちが税収の安い海外に移住していて
日本には貧しい人やニートでお金が稼げない人たちがいて
生活保護受給者が増えて行っていて
おそらくこれからはホームレスさんも増えるだろうと思います、
なんとか取った税収のうちの大金をアメリカさんが巻き上げて
日本国は税収が取れなくて国の運営危機になるわけです。

アセンションでこの地球が光の地球になった時、
この地球に住んでいる人たちは半霊半物質の体になり
あまり食事をしなくてもよくなるのだとか
そういう話も聞いていますが、
それが何年後になるのかはわからないわけで、

当分はまだ今までの古い地球の生活をしていくわけですし、
良い国づくりをしたいなら
国や政治やマスコミに騙されていない
賢い人たちが発信する情報をなるべく手に入れておいて
私たちが動いて行けるようにするのが
いいだろうと思います。

といっても私もスピリチュアルの勉強に
時間を割いているものですから、
なかなか福田元昭さんのブログ記事を
毎日とか頻繁に読みに行くところまでは
実はできていない状態であるところが
現実をしっかりと見ていないところではあります。

ただ、心の幸福状態とは
幸福体験・勝利体験をすることで
脳から大量の麻薬物質を分泌して
一時的な時間の『幸福感』(感、です)を
感じる事ではないのだということ、

神さまの愛と治癒のエネルギーを受け取り
心の傷を癒して満たして心をしっかりさせていきながら、
悟りの観点を学んで内観法をして観念の枠を外していく、
そうすることによって
『自分の心の世界の内においての心の自由』を得て、
『見返りを求めず与える愛』のギブ&ギブでの
『与え愛』(ギブ&テイク)をしながら
個人主義と部族主義の中間の立場で
自分の心の器に合った思いやりあいをして
助け合っていくということでしょう。

『ギブ&テイク』の本当の意味は、
見返りを求めない愛で『ギブ&ギブ』をして
『与え合う』ということなのです。

まぁ、私は『聖なる母の愛』を体験していない人間で、
どうも人への感情的な気持ち的な愛を
さほど自分の中に感じられませんが、

スピリチュアルTVの初代運営者の
テディさん(故・小泉義仁さん)から教えていただいたのは、

「愛情は愛じゃないです。
人情は愛じゃないです。
情愛も愛じゃないです。
感情も愛じゃないです。
私たちはそれを愛だと勘違いしているけどね」

でした。

愛は3つのこころ1/6 Tatsu's Dragonball
https://www.youtube.com/watch?v=OvW8orrBz90

この動画は愛というものをすごくわかりやすく説明してくださっています。
これが全部できたら聖者レベルになれるのかもしれませんね。

もう一度記載しておきますね、
この記事に目を通したり
福田元昭さんのブログを読んで
日本の本当の現状や真実に
触れておかれるといいと思います。

【真実を告げる記事】
666.安倍晋三は世界から凄まじい勢いで取り残されている日本の象徴ではないか?

http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-898.html

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2017.04.25 / Top↑

スピリチュアルTVの視聴者で
一瞥体験を何度もされている方が
なにかの話の流れでこうおっしゃっていました。

「自分が弱いと叩かれ、今度は自分が強くなれば孤独を味わい(中略)」

自分が弱いと叩かれる。
自分が強くなると周りが怖れて離れていく。
人とは私も含めてとても利己的で
自分勝手なものだなと思います。

この方が「柳のように」という言葉を使って
例えてくださった言葉があったのですが
メモを取るのを忘れてしまいましたが、

「柳のようにしなやかに」

という意味の言葉をおっしゃってくださったと思います。

その「柳のように」で私がパッと思い出したのは、
夏や秋に強い風に吹き荒らされる
青い稲穂が強い風にしなやかに揺れて
波の様だな、美しいなと思った子供の頃の光景を
思い出しました。

内観法をしていると、「すべて自分の内なのだ」
ということには気づくけれど、
それでも肉体を持った他者との関わりがある世界の中で、
「外」を見ての自分の反応、
「外」が「自分」を見ての反応に対して
あれこれ言うことで、
その言った、言われた言葉で気づきがあり心が成長したり、
自分の知らなかった世界観を知ることになるというのも
また人生を生きていく上での醍醐味なんだろうなんて思います。

ハイルシュトロームやフラワーエッセンスで
神さまの愛と治癒のエネルギーを受け取り
すごく意識が高まると、
「外」つまり「誰か相手」が
私を見たり何かを見たりして
発言しているその言葉の内容は、

「その人の主観と価値観での投影に過ぎない」
「それはあなたが思っていることで私じゃないから」

になるのだけれど、

「それはあなたが思っていることで私じゃないから」だと
「相手が何を思おうが自由」
「私が何を思おうが自由」
の世界になり、するとそれは
「自分が心の成長をすることにつながらない」
ことにつながることになってしまったりするので、
これも使い分けなんだと思いました。

空(くう)の「善も悪もない」と
色(しき)の「善も悪もある」も
この肉体を持つ他者がいる世界に
身を置いて生きる以上、
使い分けなのだと思います。

今、哲学者で心理学者の加藤諦三先生の

『誰にでもいい顔をしてしまう人
~嫌われたくない症候群』

を読んでいる最中です。

だれにでも「いい顔」をしてしまう人
嫌われたくない症候群

だれにでも「いい顔」をしてしまう人 嫌われたくない症候群 (PHP新書)
クリエーター情報なし
PHP研究所


そうそう、『嫌われる勇気』という本もありましたね。
これもまたいずれ手に入れる必要があるけれど、
私も「いいひと」「優しい人」の顔をするのを
やめるように頑張り始めましたよ。

怒ることをしないで相手の言い分を
認め続けてしまったりすると、
生きる気力を失くしてしまうのだという
『テレフォン人生相談』の音声動画を
天使さまがチョイスして教えてくださいましたよ。

【音声動画】
怒り、言いにくい事を言うのが元気の源です!
マドモアゼル&勝野洋!人生相談
https://www.youtube.com/watch?v=nZVPucjMVhA

【動画】
本来の欲を出さず我慢してると不安だらけの人生になる!
マドモアゼル&勝野洋!人生相談
https://www.youtube.com/watch?v=2crOpP3TEaE

【動画】
言いにくい事が言えない
心が育っていない人は周りに潰される!
マドモアゼル&勝野洋!人生相談
https://www.youtube.com/watch?v=p23gqTNbNww

私にはちゃんと愛してくれて
良い価値観を与えてくれるような
肉親はいなかったので、
神さまを本当の親だと思って生きてきました。

途中で統合失調症になった時に
「神さまがいたらこんな病気になんてならない」
と思ったりして、神さまに文句を言ったこともありました。

でも今、テレビを見なくなった私に
神さまはユーチューブに動画投稿してくださっている方や
サイト運営をしている方々を使って私に教えて、
私に体験をさせて私の心を
育てようとしてくださっています。

そう、それは神さまがこの世に生きる人たちを
道具として使って・・・です。

加藤諦三さんや
幼児教育研究科の大原敬子先生や
そのほかの先生方の
『テレフォン人生相談』の音声動画は
すごく勉強になります。

人はオリジナルの宇宙を生きているはずなのに
相手と自分の宇宙が実は似たようなことを
体験していたりするんだなって
思ってしまうような、
そういう『誰か』の世界の『宇宙体験』が
私の宇宙にもありそうだと、
役立つことにつながったりする・・・

「自分が見ている自分」と
「誰かが見ている自分」と
「自分も誰かも見ていない自分」と

あと1つ、なんだったかしら・・・?

とにかく、「自分が見ている自分」だけが
「自分」ではないということ・・・

大いなる神さまの御心の中の
大いなる宇宙の中で
私に必要なものが与えられ、
神さまは私に体験させる。

私は自分の心と身を守るために
自分と他人との間にちゃんと『境界線』を持って
『自己主張(アサーション)』ができるように
なることの道を歩み始めた、
そういう流れになってきているようです。

メンタルカウンセリングを受けなかったら
『自己主張』と『境界線』のことを
教えていただくことがなかったので、
心の専門家のメンタルカウンセリングを
受けることは大事だなと思いました。

悟りを得ている人の話より
ずっと自分に必要なことを
気づかせていただいたり、
教えてもらえるかもしれないな、

そんな風に思っているところです。

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2017.04.18 / Top↑
2017桜1

2017桜2

2017桜3

2017桜4

2017桜5

※普段のブログ『目心口窓Ⅱ』のほうに2017年春のお花見で詠んだ短歌を掲載しました


2017年4月13日(金)の午後3時頃、
近所の公園にお花見に行きました。

今年は飲物をなににしようかと思ったのですが、
白湯にしようと決めてお湯を沸かし、
ステンレスボトルに熱湯を入れてから
氷を何個か入れて適温にして持っていきました♪

いつもお花見をしに行く公園をBとすると、
Bの公園は毎年桜が咲く時期が
もう1つのAの公園より少し遅いのですが、
不思議なことに今年はBの公園は
もうほとんど散ってしまって満開が見られず、
わずかに花が残っていて葉っぱがかなり出ていました。

「ああ、今年は満開を見損ねたかな・・・」

と思い、ふと、

(2日前に通りかかったAの公園は
満開だったから、Aの公園はどうだろう?)

とAの公園に行ってみたら、
葉っぱは少し出ていたものの、
ほぼ満開・・・♪
(*^_^*)

(良かった、ほぼ満開が見られた♪
神さまが用意してくださったのは
今年はこちらの公園だったんだな・・・
不思議なものだなぁ、
この15年、Aの公園は早く咲いて
散るのも早かったのに)

なんて思いながら桜の木の下のベンチに座って
2つ折り携帯電話(ガラホ)を取り出し、
メール作成画面を出して短歌を詠んでは、
白湯を飲んで上を見上げて
青空と淡い桜のピンク色を眺めていました。

ちょうど、あるジャンルのある集まりの会の
別の場所での開催のものに参加してきて、
会の後のお茶はお断りしようと思っていたのだけど、
男性はご年配の方がお1人だけで、
どうやら奥さまとご一緒に参加されていたようなので、
これなら大丈夫かなとお茶に参加してきたんです。

ただ、そのお茶の時間に私が上司みたいな立場の方に
集まりの会の勉強のことで「いかがでしたか?」と
ご質問を受けてそれについて答えていたら、
お茶の時間の持ち時間をすべて使ってしまったので、
申し訳なかったなと・・・

次回は大人しくするのと、
同年代くらいの男性がお茶に参加されるようなら
お茶はご遠慮しないとな・・・と思っているところです。

水色の空と淡い桜を眺めながら
悟った人が話されることと
聖書のことを考えて、

悟った人は聖書のことも
バッサリ斬られるし、
イエスさまやお釈迦さまを
特別な人とも思わないようなので、

(悟ると何を知るんだろうな・・・
私にとって悟りを求めることが必要なのかな・・・
むしろ人を愛せない私は愛というものを
少しでも知ることが必要なんじゃないのかな・・・)

と思ったりしました。

神さまの愛と治癒のエネルギーをたっぷり受け取って
心が「幸せ♪るんるん♪」で喜びになると
人に親切にしたい思考とかあって、

稀に数回体験したのは、
胸の中央に悦びの感覚がぶわっと湧いてきて、
「愛を与えたい!!」
な気持ちにすごくなるというのは
稀に数回体験したけれど
それは滅多にあることではないようで、

「幸せ♪ルンルン♪」
な状態が愛の状態だなんて思って
ブログにもそう書いていたけれど、

(私のその状態はちっとも愛じゃなかったんだな・・・・)

と気づいて、

(とにかく、自分の心を救済するのが先だ)

となって、これは一生かかるのかもしれない、
一生かかってもできないかもしれない、

肉親に愛されなかったということは
そこまで心に影響があるものなのか・・・

と、哲学者で心理学者の加藤諦三(たいぞう)先生の
ご著書や『テレフォン人生相談』の音声を聴いて
思っているところです。

私は4歳の時に神さまが自分の親なのだと気づいて
それ以来、自然の中に神さまを見ていて、
大天使やあの世に帰られた聖人聖女に
神さまの愛と治癒のエネルギーを流していただいて
そのお力を感じるけれど、

それでも人を愛する気持ちというのは
育まれないものなのかもしれない、

「人情や愛情や感情は愛ではありません」

とスピリチュアルTVの初代運営者であり
私のスピリチュアルのお師匠さんである
テディさん(故・小泉義仁さん)が
おっしゃっていたなというのを思い出しながら、

儚くも透明で美しい
水色の空と淡いピンク色の桜を
じーっと眺めていました。

人を思って親切にするとか優しくするとか
厳しくするとか、そういうのは
ある程度、負担にならない程度に
できなくはないけれど、

私にとって「愛する」とは
一生どんなものかわからないまま
この一生を過ごしていくのかもしれない、

そんなことを思う2017年のお花見でした。

自然に触れると自分というちっぽけな存在について
想いを馳せたりします。

今度、緑がよく植えられている日本庭園に
行ってこようかな・・・
と思い始めました。

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2017.04.18 / Top↑

【動画】他人を馬鹿にする人は、世界を敵視しています!加藤諦三&大原敬子!人生相談
https://www.youtube.com/watch?v=j0QOzzjoJ8Q

という『テレフォン人生相談』があって、
この動画は性格の違う姉妹の妹のほうを
母親は好きで可愛がっていて、
長女のほうは旦那さまへの
怒りと憎しみによっての子育てをしていること、

つまり長女にしてみれば
「愛されていない」ということ、
それゆえ長女が自分の『外』の世界を
敵対視しているという
子育て相談であり
夫婦間・嫁姑問題相談でもあるのだけれど、

親とくに母親から愛されないことや
周囲の利己的でフォース
(愛ではない状態。心の欠乏を抱えている状態)
の人たちから愛されないことによって
人をバカにして見下すようになる
ということなんだろうなって、

この長女はクラスメイトの上に立とうとして
クラスメイトをバカにする、
それも自分だって「できない」こともあるのに
クラスメイトの上に立とうとバカにすることで
自分の安全を守ろうとして
自分の心を守っているということなわけですが、

私も相手の行動言動によっては
その人を見下してしまうことがあって、
その見下し思考をしたときに、

「私は何様なんだ。
私自身ができる有能な人でもなければ
聖者のような愛の心も心の清らかさも
奉仕的な活動を毎日コツコツと
嫌な思いをしても相手をイエスさまだと思って
文句はなにも言わずに
お世話し続けることもできないくせに、
なに人様を見下しているんだ」

と思うことがありますが、

なんで人さまを見下してしまうのか、
斎藤一人さんの『劣等感の話』と
この長女のケースの人生相談でやっとわかりました。

1つは私に劣等感があって
有能でありたいという思いがあること、
もう1つは戒律的な『聖職者思考』か
もしくは『わがままを許さない思考』があるからです。

で、これがなぜ起きるかと言えば、

「相手の価値観を認める」
「相手の個性を認める」

ができる『許容』『受容』の
相手を許して受け入れるという
心の器がないからだとわかりました。

でもまぁ、良識や常識によって
失礼な人はどうしたって失礼なんだから
失礼だと思っていたっていいし
注意したりしたっていいのだけれど・・・

『テレフォン人生相談』って
自分の心の中にあるものがテーマになっているものだと、
聴くことによって心の気づきが
得られるものだったんだなぁ~~~
と思いました。
(*^^*)

単にカウンセリングの在り方とか
やり方とか知識とか情報とかを
学ばせていただくためだけじゃなく、
内観法に用いることができるんだって
嬉しくなりました♪

でも、ここで1つ違いに気づいたのは、
劣等感があって自分が相手より
優位に立っていると思いたくて
相手を見下す思考をした時、

それを自分の心の中以外の
『外』の世界で知らしめるか
心の中に閉まっておくかの違いは
大きいんじゃないかなと思いました。

人を見下す思考を
『外』の世界に知らしめるのは
心が未熟つまり幼いからなんじゃないかなと。

だって、人を見下す思考を
『外』の世界に知らしめた時、
あきらかに世間の中や自分がいなければいけない
場所の世界の人たちの中において、

自分が悪評を得てしまうことで
その世界の人々の中において
メリットが得られないことがわかっている大人は、
決して見下し思考を『外』の世界に出さない
という賢さというかずるさというかがあるんですよね。

『外』の世界に言ってしまう人は、
ある意味正直で素直なのだけれど、
そのかわりその場の人たちに決して
好感持たれず愛されず孤独になるんですよね。

そして助けてほしいって思った時に
誰も快く助けてくれないから、
暴力や暴言で支配する形でしか
自分のために他者に動いてもらえないし、

「優しい愛を与えてほしい」と、自分が

「この人はずっと見ているけど
とても優しいから認める、
尊敬の姿勢を取る」

と思った相手にだけ
ゴマをするような発言をして
品行方正で近づいて行ったって、

良識と常識がある人なら
「他の人のことはけなしているな」
という行動言動は見抜いているし、
品行方正に近づかれても好感は持たないし、
自分からは決して近づかないわけですよ。

小学校低学年くらいの年齢なら
まだ幼い子どもで世の中のことを知らないから、
ここまでのことは視野が狭いし
知識とか良識や常識に乏しいからわからなくて
自分が思ったように行動して
自分の心を守ろうとしてしまうけど、

社会人もしくは成人者がそれをやってたら、
良識や常識のある人はその人には
当たり障りなくその場だけ対応はするけど
自ら好んで近づいたりしないし、

その周囲は見下す思考の人が
途中で間違いに気づいて
誰に対しても品行方正になったって、
最初から好感は持てなかったのだから
改心しても100%の信用・信頼は
決してできないししないですし、
決して好感を持たない人は持たないですよね。

許しの心が広くて大きくて豊かな愛の人の場合は
そういう人でも許して
好きになっちゃうのかどうかわからないけれど、

「とても優しい人だとわかったから
認めるし尊敬してもいいよ
でもこの人以外は見下すよ」

という行動が世界を敵対視しているということは、

周囲の人間が怖いから戦わなきゃってことだし、
とても優しい人を選んでいる時点で、
心が繊細でか弱いし暴力や暴言が
怖いからなんだと思いました。

周囲から虐待を受け続けて生きて来たという人と
これからは考えてみるという、
1つの視点を学ばせていただき
心の気づきを体験させていただきました。

でもまぁ、これに気づいたからといって
見下し思考の発言をしてくる人は
すぐに嫌になって嫌いになるから
自ら好んで近づいて友達にしようなんて
さらさら思いませんけども。

「付き合う人は選びなさい。
愛だなと思う人、
お手本にしたいと思う人を選びなさい。」

です。

人を見下す思考をしないようになるように、
劣等感の心の癒し、
自分の

「そのまま」
「ありのまま」
「できない自分もそれでOK」

と認めて受け入れるように、

「自分を責めない」

ことを心がける、
そして

「できることについて自分で自分を褒めてあげる」
「必ず自分の良さがある」

ことに気づくために
他人のことではなく
自分に注目することかなって思いました。
(*^_^*)

学生さんは友達グループでよくやるそうですが、
誰かが席を立つと
その席を立った子の悪口言い合い大会を
するそうですね。

その場合、自分が席を立った時は
自分の悪口言い合い大会がされているということで、

誰かが席を立った時に
その子の悪口を言い始める自分のことは
周りの人たちは誰も好きになってくれませんよ、
ということ、

あなたがその人たちを嫌いなのと同じように、
あなたも集まっているグループのその人たちに
好かれていませんよ、ということ。

私がこのブログのトップからずらずらと表示させている
固定記事の中で書き記しているように
神さまの愛と治癒のエネルギーを
あの世に帰られた聖者や
大天使ミカエルさまや大天使ラファエルさまや
奇跡のヒーラーのブルーノ・グルーニングさんに
媒体となっていただいて流していただいて、
自分の感情と心を善に向けるようにすること。

自分が4~5歳から8歳くらいの頃に
悪人タイプではなくて
心清らかで人が良く優しい心の持ち主だったのなら、
年齢を重ねていくときの周囲の環境で
悪の心のパーセンテージが高い人たちと関わることで
自分に悪の思考癖がついただけに過ぎないのだと、

本当は自分は心清らかな優しい愛の人だった
ということを覚えているのなら、
神さまの愛と治癒のエネルギーを
たっぷりと受け取って
意識を高めて愛の心を取り戻して
波動を上げていくことで
神さまとチューニングを合わせられるようになって
善の道に軌道修正をするほうが
幸せを体験しやすくなると思いますよ。

人に対して見下し思考した時って、
自分という充電池に
神さまの愛のエネルギーが
充満していなくて
愛のエネルギーが枯渇してきている時ではないかと
そう思います。
愛のエネルギーで心が満たされている時って
見下し思考に思考が行かないからです。

精神や肉体を使って動いて活動していると
すぐに愛のエネルギーを使ってしまって
愛のエネルギーの残量が減ってしまうから、
頻繁に愛のエネルギー充電をする時間を
持つのがいいと思います♪

大天使ラファエルさまやイエスさまのヒーリングのやり方
http://tensitatinokotodute.blog.fc2.com/blog-entry-1755.html
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2017.04.11 / Top↑

どうも私の顔立ちが男性にも女性にも
誤解と勘違いを与えてしまうようなので、

新しくある会のある集まりに行くとき、
マスクをしていって顔立ちを見せないように
したほうがいいだろうかと思い、

B型作業所の所長さんに訊いてみました。

既婚男性の身体密着の件と私がしてしまった対応のこと、

私の顔立ちがどうも男性にも女性にも
大きな誤解と勘違いをさせてしまうこと、

男性が女性に体を密着させるのの理由について
検索をかけて引っかかった質問サイトで
同じ体験をした女性たちがたくさん
似たような質問をしていて、

その回答を見て共通していた回答のことを話したら、

作業所の理事長さんは
身体密着についてはそういうことじゃないと思うのだけど、
そういうご意見があるんですねとのことで、

そして上司に当たる人が私に言って来た
既婚男性の肩を持つ言葉についてその内容と、

「また集まりに来てくださいね」

と言われてどうするかまだ決めていなかったので
「はい」と答えてしまったこと、

でももうそこの集まりには行かないことを決めたので
最後のご挨拶をお葉書でお出ししようと
考えていることを伝えましたところ、

身体密着についてはその既婚男性は
おかしいのだということ、

人には『パーソナルスペース』というのがあって、
自分のパーソナルスペース、つまり

「自分の体のそばに他人をどこまで近づけさせるかの距離感」

というのを人は誰でも持っていて、

『パーソナルスペース』は相手によって距離感が違うこと、

例えば、

「この人なら50cmまで」
「この人なら40cmまで」
「この人なら70cmまで」

というようにその人その人によって
自分の体に近づけていいと思う
距離感が違うのだということ、

だからその既婚男性がちょっと会話しただけで
駆け寄ってきて体を密着させてきたということは、
しおんさんのパーソナルスペースを
まるで無視しているという
とても失礼な行為であること、

だから今度誰かが体を密着させてきたら
すぐに体を離していいのだということ、
そして「近いです!」と言うこと、

そして私のパーソナルスペース内に
こちらの意志を無視して踏み込んで来た人は
『パーソナルスペース』のことを
知らないということだから、
教えてあげることなんですよとのことでした。

今ふと気づいたことなのですが、
自分が相手に対して好意を持っていると、
その好意の思いによって
(相手に対する心の温度と言えばいいのか・・・によって)
自分のほう側はその好意を持った相手に対して、
自分のほう側はパーソナルスペースの距離感が
とても近くてもOKとか密着状態OKですとか
極端に言えばキ●やセ●●●もOK
ということなのかなと思いました。

こちらが好意を持っていない相手にそう思われて
こちらの意志をまるで無視で相手が
『パーソナルスペース』に踏み込んでくるのは
誰でも嫌悪でしかありません。

『パーソナルスペース』のことをわきまえるよう
気をつけるよう心がけたいですね^^

それから私の顔立ちが人に誤解と勘違いを
させてしまうというのはそういうことではないそうで、
そんなことを私が考える必要はないのだと・・・

なぜなら、私の顔立ち(と行動言動)を見て
相手が私に勝手に好意など個人感情を持って
私に対して私の意志を無視して
勝手なふるまいの行動言動をしてくるということは、

その人がわきまえていないのであり、
失礼な人なのだということなのだから、
しおんさんが私の顔立ちが
誤解と勘違いを与えてしまうんだ
なんて考える必要は全くないのだと、

次にそのジャンルのどこかの場所の集まりに行くなら、
変な行為をしてきた人には自分を守って
ちゃんと断らないといけないということ、

自分を守ることは利己心ではないんですよ、
ということについてを、
所長さんはおっしゃってくださいました。

そんな視点の考えのお言葉が
返ってくるとは思っていなかった、
私の世界になかった視点だったので、
とても驚いたと共に、

自分の観音像顔の顔立ちの問題や行動言動ではなく、
相手の心と愛と良識と常識と
礼儀作法やマナーの問題なのだとわかり、
ホッとしました。

賢い方で愛の心と良識と常識と知識と
心理カウンセラーの専門知識を
お持ちの所長さんのご意見がとてもありがたかったです。
(*^人^*)

顔立ちについて、メンタルカウンセリングの
プロの先生にも私の顔立ちが
誤解と勘違いをさせてしまうのではないかと話した時、
メンタルカウンセラーの先生もそれには同意ではなく、

「そういうことももしかしたら
あるのかもしれないけれど」

というお返事だったので、ないとは言わないけど、
というくらいで、実際は顔立ちの問題ではない、

私を見た人の心の問題で、つまり
『愛の心』と『良識』と『常識』と
『礼儀作法』や『マナー』を
わきまえておられるかなのだということを
思っておられたかもしれない・・・

けれど、プロのメンタルカウンセラーさんが
それをわかっていてもおっしゃらないのは、
私のカウンセリングがヒアカウンセリングの範疇で、

「自分で気づくこと」

というメンタルカウンセリングの基本で行うことを
実行しているということなのかしら・・・

と思いました。

今現在、私の関わっている方で

「わきまえておられる良識と常識のある方」

というのは、

14年の付き合いになるメール友達の占い師の女性と、
わが家に遊びに来られる前世が山伏だったと思うという女性と、
B型作業所の所長さんと、
スピリチュアルTVの視聴者の方で一瞥体験を何度もされている方と、
スピリチュアルTVの吾呂さんくらいです。

実はちょっと、同じジャンルの集まりで
ある場所で開催されている集まりを見つけて、
そこに参加しようかなと思っているのですが、
私の顔立ちの問題ではないのなら、

次のところで失礼なことをされたら、
ちゃんと断って失礼であることを言えるように、
頑張ることにしました。
うまくできるといいのですが・・・

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2017.04.11 / Top↑

悟った人が受け取る霊的なメッセージって
審神者(さにわ)されていないから信用できないわたし。

松尾みどりさんも悟っているみたいだけれど
彼女が語る霊的世界も審神者されていないので
あまり信じていないです。
人間に都合の良すぎる霊的世界のことを語っているから。
(*^_^*)

人間に都合の良い霊的世界を語っている
スピリチュアリティの情報が最近、
ちまたにあふれて来たけど、
ちゃんとあの世のことが書かれている
『ベールの彼方の生活』を読んでほしいです。
(*゜▽ ゜*)

出口王仁三郎さんの『霊界物語』の
第1巻の超解説を見たけれど、
出口王仁三郎さんは救世主としての修行で
霊界に連れて行かれた時、
閻魔様にお会いになっていますもの。
(*^-^*)

【動画】
出口王仁三郎の霊界探検
~『霊界物語』第1巻より 1/2

https://www.youtube.com/watch?v=cbL_pyTmguI

【動画】
出口王仁三郎の霊界探検
~『霊界物語』第1巻より 2/2

https://www.youtube.com/watch?v=Ze_7XIc-M44

去年の9月に千葉一人さんが
スピリチュアルTVにお出になられて、
ダウジングの機械とテディさんの写真と
仏像の写真とかでテディさんが
11次元から12次元に移行したって調べていたけれど、
テディさんは悟ったけれど生前に
エゴから離れていないことを言っておられた、
だからお釈迦さまのように輪廻転生の輪から外れる
解脱はしなかったんだと思うんです。
(*゜- ゜*)

えっちゃん最新スピリチュアリティ情報が
ほんとか確認できないので
霊界通信『ベールの彼方の生活』とか
スピリチュアリズムとか
世界や日本で信頼されているもののほうを信じるので
自分に都合の良いことを言われたからと
ほいほいそれを信じないようにするので
騙されないようにするんだもん。
(*゜- ゜*)

「世の利己主義者すぎる人々よ、
地獄か反省部屋へ行け~~~!!」

とか言ってみる♡
(人゜▽ ゜*)

しおんはもし行かされるのなら
反省部屋行きが希望だけど、
もし地獄で鞭打たれるのなら、
カッチーニの『アヴェ・マリア』と
『主は私を愛してくださる』
を心の中で歌って
鞭打たれるのに耐えることにします。
(*>_<*)こわいけど耐える!

『主は私を愛してくださる』を
繰り返し聞くので、
どうぞ神さま、細かい暗記力がない私が
死ぬまでに覚えられますよう
お助けくださいませ。
(*^人^*)

【歌の動画】主は私を愛してくださる  2015年プライマリーソング
https://www.youtube.com/watch?v=Z0LcvpwXzl0

【歌の動画】Charlotte Church - Ave Maria
https://www.youtube.com/watch?v=gQAUuTLwm5Q
(カッチーニのアヴェ・マリアです。
歌詞が『アヴェマリア』だけなので
メロディーを覚えたらすぐに歌えます。
シャルロット・チャーチさんは
私の好きな天使の歌声の歌い手さんです)

この2曲はおそらく波動の高い歌じゃないかなと思います♡

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2017.04.10 / Top↑
※この記事に出てくるブルーノ・グルーニング交友会とはドイツ非営利社団法人で宗教団体ではありません


昨日、2年前とつい先日に
ある既婚男性にされたことについて
書いて文句を言いましたが、

そのことで先日の水曜日の夜は1晩中悩んで眠れず、
木曜日に友達にメールで相談して
次の日金曜日から土曜日の昼間まで丸1日爆睡し、

土曜日に起きてから霊的エネルギーチャージを
時間を取ってしていたのですが、
霊的エネルギーチャージが足りていなかったようで、

日曜日の夕方にスーパーに買い物に行くとき、
自転車に乗って漕いでいても、
なんというか人に対しての
「怖れ」「恐怖」のようなものをすごく感じ、

1点凝視みたいな感じで自転車を漕いでスーパーに到着すると、
もう、心の境涯が『人』というか『男性』に対しての
『怖れ』の気持ちでいっぱいでした。

(これは、まずい状態になっているな^^; )

と思ってとにかく必要な物を買って
1点凝視法みたいな感じで自転車を漕いで帰って来てから、

(やっぱり、大天使ミカエルさまにも
集中的にエネルギーを流していただこう。
聖なる愛の光の存在のみなさまがた、
ブルーノ・グルーニングさんにもお願いしよう・・・)

と思い、すぐにお布団の上に足を伸ばして座って、
大天使ミカエルさまと大天使ラファエルさまと、
イエスさま、聖母マリアさま、マグダラのマリアさま、
マザー・テレサさま、お釈迦さま、観世音菩薩さま、
そしてブルーノ・グルーニングさんと
聖なる愛の光の存在のすべてのみなさまがたに呼びかけて、

事情を説明して、自分だけでなく相手の方や
あの集まりの場にいらっしゃっている方々と私に
神さまの愛と治癒のエネルギーを
集中的に1時間流していただいてお礼を申し上げ、

それ以降の時間は、

「今からインターネットをやるので
その間、引き続き私に神さまの愛と治癒のエネルギーを
流していてくださいませ」

と、有本紀(ありもととし)さんの
愛の周波数528Hzの
ピアノヒーリング音楽動画を再生させ続けたり、
ソルフェジオ周波数のお気に入りの音声動画が
自動的に再生されたりして、

一晩中起きていろいろやっていたら、
人への「怖れ」、特に男性への「恐怖」の
心の境涯から抜けられたようで、
だいぶ霊的エネルギーチャージができたようでした。
(*^_^*)

ここから先は固定記事の中に書いた
『ブルーノ・グルーニング交友会の友の方もスピリチュアリズムを学んでくださいませ』
と同じ文章です。

゜゜‥*。。☆。。*‥゜゜‥*。。☆。。*‥゜゜‥*。。☆。。‥*‥゜゜‥*。。*‥☆‥*゜゜

ずっとブルーノ・グルーニングさんにはお願いしないで
大天使ラファエルさまのエネルギーを
集中的に受け取っていて
ブルーノ・グルーニングさんには
お休みしていただいていたのですが、

やはり、ブルーノ・グルーニングさんにお願いすると、
安心感というものがあります。

今ちょっとブログ記事をいろいろ更新するために
ブルーノ・グルーニング交友会の
お気に入りのクラシック音楽CDを
久しぶりに再生させているのですが、
やはり美しいオリジナルクラシック音楽だなと思います♪
(*^^*)

私がブルーノ・グルーニングさんに
しばらくお休みしていただいて、
大天使ラファエルさまのエネルギーを
集中的に受け取っていたのは、

ブルーノ・グルーニングさんに
お願いするようになってから、
ことあるごとにブルーノさんを呼んで
話しかけたりお願いしたりするようになって、

それで私が心の中で一番にしている、
イエスさまと聖母マリアさまのことを
一番に想いださなくなってしまうことが、
私の心の中で葛藤となっていたからなのです。

大天使ラファエルさまにエネルギーチャージを
お願いするようになってしばらくしてから、
ブルーノさんをあまり呼ばないようになって、
イエスさまとマリアさまに一番に心が向くようになったのです。

ただ、イエスさまにお願いしても
エネルギーを流していただけていないみたいだ
ということを体験したことがあり、

私がブルーノ・グルーニングさんの交友会に入門して
(ドイツ非営利社団法人で宗教団体ではありません)
ブルーノさんの元に配属したということで、
イエスさまは私のことをブルーノ・グルーニングさんに
まかせることにした、ということなのかなと、
そんな風に思うしかありませんでした。

もちろん、『霊団』のことも気にしました。
高級霊シルバーバーチとの50年に渡る降霊会の記録書の
『シルバーバーチの霊訓』にも、
『ホワイト・イーグル霊言集』にも、
たしか『インペレーターの霊訓』にもだったと思うけれど、
『霊団』のことを高級霊シルバーバーチさんも
高級霊ホワイト・イーグルさんも語っておられて、

それについて『霊団』で検索をかけたら
やはり『シルバーバーチの霊訓』を普及させている
『スピリチュアリズム普及協会』さんのページが引っかかりました。

(2)霊界からの協力者≪2≫
http://www5a.biglobe.ne.jp/~spk/about_sp/sp-thought2/sp-thought2-6/sp-thought2-6-02.htm

シルバーバーチさんが神さまの人類救済計画で
地球に降りて霊的真理を地球で生きる人たちに伝える
お役目を賜った時に、霊媒となるバーバネルさんの魂と契約し、
時期が来たらバーバネルさんが霊媒となる約束になった時、
霊団が組まれた話を高級霊シルバーバーチが降霊会で語っておられ、
その口述が『シルバーバーチの霊訓』全12巻の中の
どこかの個所で書かれていたのを覚えていて、

『ホワイト・イーグル霊言集』の
高級霊ホワイト・イーグルさんも
『霊団』についてのことを語っている箇所があるのです。

『シルバーバーチの霊訓』とは
http://www5a.biglobe.ne.jp/spk/about_sb/index.htm

スピリチュアリズム・ブックス
http://www5e.biglobe.ne.jp/~spbook/
(スピリチュアリズく関連良書の全文掲載サイト。
『シルバーバーチの霊訓』などスピリチュアリズムの
古典の良書が無料で読めます。
宗教団体の信者に騙されないためにご一読なさるといいと思います。)


だからブルーノ・グルーニングさんが産まれて来る時も
ブルーノ・グルーニングさん専属の霊団があるはずで、
ブルーノ・グルーニング交友会が立ち上がった時にも
ブルーノ・グルーニング交友会のための霊団ができているはずで、

霊的なことについてブルーノ・グルーニングさんは
なにかおっしゃっていたかについて
交友会側に問い合わせたけれど、
ブルーノ・グルーニングさんは霊的なことに関しては
なにもおっしゃっていないのだと交友会側からお返事があり、

ブルーノ・グルーニングさんは自分をサポートする
霊団というものがあるということについて
何もおっしゃっていないので、
交友会側に問い合わせても
ブルーノさんが言葉を残していないことは
「ない」ものと交友会側はしますので、

ブルーノ・グルーニングさんには霊団というものはない、
と交友会側には言われるだけなのです。

ですが私はブルーノさんには霊団があるだろうと踏んでいます。
だから私がブルーノ・グルーニング交友会に入門して
ブルーノさんに属する者となる(?)ことで
ブルーノ・グルーニングさんの霊団に所属するものとなり、
イエスさまと聖母マリアさまの配下の者とならなくなった、
ということが考えられるな・・・と、
そんな風に思っています。

これは、交友会側に霊団についてお訊きしても、
「そんなのはありません」
のお返事しか返ってこないことなので、
『シルバーバーチの霊訓』を読んで
スピリチュアリティの知識を身につけてくださいませね、
の世界の話なのです。

ブルーノ・グルーニング交友会の国リーダーは

「ブルーノ・グルーニングさんの教えを学んでいれば
他のスピリチュアリティの知識を勉強する必要はない」

と強く何度も伝えておられますが、

それは違います、なぜなら、
国リーダーご自身がちゃんとこの世界の霊的真理である
スピリチュアリズムの知識がないために、

1日のあらゆること、なんでもかんでも
ブルーノ・グルーニングさんにお願いして
神さまに助けていただくということを
友のみなさんに推奨されていて、
現世利益主義になっているという
とんでもない間違いなことをなさっているからです。

それがどうしてとんでもない間違いなのかは、

(2)霊界からの協力者≪2≫
http://www5a.biglobe.ne.jp/~spk/about_sp/sp-thought2/sp-thought2-6/sp-thought2-6-02.htm

上記ページの
(4)背後霊に対する大きな裏切り――“霊能者の堕落”
までをお読みくださればわかると思います。

こういう地球に課せられている霊的設定などの
霊的知識をブルーノ・グルーニングさんは言い残さなくて、
交友会の国リーダーは霊的真理を知らないため、
現世利益主義に走ってそれを友のみなさんに推奨するという
とんでもない間違いをしているのです。

ある交友会の入門者の友のカウンセラーの方が、やはり
『シルバーバーチの霊訓』や
『ホワイト・イーグル霊言集』など
スピリチュアリズムをちゃんと学んでおられて、
大元教の出口王仁三郎さんのこともご存じで、
キリスト教の聖書も勉強しておられて、
いろいろスピリチュアリティの知識を学んでおられる方に、

この交友会の国リーダーがなんでもかんでも
1日のあらゆることをブルーノさんに
お願いしているのだと伝えたら、

「ええ~?そんなことしているの?」
「神さまにお願いしなくても必要なことはちゃんと叶えてくれるよ」

と私と同じことを思っていらっしゃったのですが、
このスピリチュアリズムの霊的知識を知っているか知らないかで、
かなり違うのです。

もしかしたら、これは私の勝手な憶測にしか過ぎませんが、
ブルーノ・グルーニングさんはイギリスで
高級霊シルバーバーチがスピリチュアリズムを伝えること、
それが世界中に広まることをご存じだったから、
ブルーノ・グルーニングさんご自身は
スピリチュアリズムの霊的真理を語ることは
なかったのかもしれないのです。

交友会の入門者の友の方々、
交友会の国リーダーはブルーノ・グルーニングさんの教えには
精通していらっしゃいますが、
他のスピリチュアリティの知識を学んでいる暇のない方です。

それゆえ、ブルーノ・グルーニングさんの教えを学んでいれば
他のスピリチュアリティの知識は必要ないと
間違ったことを伝えてしまうのです。

『他』のことを否定するのならば
その『他』のことをよく知っていなければ
その『他』のことを知っている者には通用しないので、

その『他』のことを知っていないうちから
「学ぶ必要はない」
と『否定』するのはおかしな話なのです。

死ぬ時に自分が『幸福の境涯』で死んで行けたら
『その心の様相に合った世界に行く』
ということが最近のスピリチュアリティで言われていて、
とても人間に都合のよい情報が広まっているのですが、

ちゃんとスピリチュアリズムの勉強を
していないからそんなことを言うのです。

中間生の記憶を持つ子どもたちが
産まれて来る前のことを語っている
ドキュメンタリー映画
『かみさまとのやくそく』
では、人生で後悔したことがあると
真っ暗な『反省部屋』に入るということを言っていますし、

産まれてくる前に天国にいらしたという
スピリチュアルヒーラーの村田のりみちさんも
中間生の記憶を持っていらして、

「神さまが
 「地獄を望む方たちがいるので
  仕方なく地獄を作っています」
神さまは困った派なんですよ」

と、仕方なく神さまが作ったという
『地獄』があることをスピリチュアルTVにご出演されて
伝えておられます。

つまり、現世利益ばかり得て満足して
「自分の心は幸福だ」
という幸福の境涯になっている人は、
交友会の国リーダーが伝えているように

「自分の心が幸福なら天国に行く」

というわけではなく、
ちゃんと生前に後悔を残しているものがあれば
『反省部屋』なり『地獄』には行かされるし、

出口王仁三郎さんが救世主としての修行のために
霊界に修行に行かれた時に
閻魔様にお会いしていて、
肉体を去ってあの世に来た方が
閻魔様に罪状を述べられて

「お前はどこどこの世界へ行きなさい」

と言われているのを目の当たりにしておられるし、

『ベールの彼方の生活』でも
肉体を去った人はまず霊界の第四層に集まり、
そこから指導者たちに

「あなたはどこどこの世界に行きなさい」

と言われてその世界へ行くことが
高級霊からの霊界通信によって伝えられています。

つまり、自分が物欲をさんざん満たして
幸福の心の境涯で肉体を去ったからと言って、
必ずしもすぐに『天国行き』というわけではないはずです。

『シルバーバーチの霊訓』などの
スピリチュアリズムの古典の良書につづられた
霊界通信の降霊会の記録書は、
神さまの人類救済計画により地上に伝えられたものです。

どうぞご自分で上記でご紹介した
『スピリチュアリズム普及協会』さんの
スピリチュアリズムの古典の良書を
お学びくださいませ。

交友会の国リーダーが「学ぶ必要がない」と
おっしゃったからと、
「はいそうですか」
となるのはたいへん危ういことにつながります。

どうぞこの地球に課せられた霊的真理(地球ルール)を
お学びになられてくださいませ。

現世利益ばかり与える存在は悪霊や悪魔だという
そういう話もご神示などの霊的な書の世界にはあるんですよ。

おそらく『ひふみ神示(日月神示)』ではないかと思います。

日月神示全文
http://heiwatori.com/
(私はまだちろちろっとしか読んでいませんが)

霊性進化の道―スピリチュアリズム
http://www5a.biglobe.ne.jp/~spk/index.htm

霊界も事情が変わってきているとのことで、
『シルバーバーチの霊訓』は情報が古いとも言われていますが、
基本の書です。

何度も読み込む必要がある50年に渡る降霊会の記録書です。


それから、私はブログの固定記事の中に、

宗教団体の妄信的な信者さんは独特な上まぶたをしています
http://tensitatinokotodute.blog.fc2.com/blog-entry-2032.html

という記事を掲載していますが、
「あの方」にお会いしたことがある方は、
目の印象に違和感を感じたはずですよ。
あれは老化とかではありませんよ。

現世利益ばかり求めるようになったので
低級霊か低級な動物霊が憑いている可能性が高いのですよ。

本当の幸福とは、物欲などを満たすことではない、
神の愛のエネルギーで自分がとてもエネルギーチャージされて
心の傷が癒され心の欠乏がなくなり満たされてくると、
物欲などはあまりなくなり、エゴが薄まり、
現世利益をあまり求めなくなるのです。

思考しただけで願いが叶うようになってくるのです。
だからわざわざ神さまや
ブルーノ・グルーニングさんにお願いしなくても、
神さまはすべて「私(あなた)」のことを見ていらして、
「あなたに本当に必要なもの」は与えてくれるのです。

間違えないでください、物欲や三大欲求や安全欲求を満たして
心が幸福になったと思っているうちはまだまだなのです。

イエスさまもお釈迦さまもホームレスでした。
彼らは服はボロボロだったし、
自分のものは何一つ持っていなかった。
それでも彼らの心は幸福の境涯で生きたのです。

イエスさまは磔にはなりたくなかったので
『ゲッセマネの祈り』をされていますが・・・
ブルーノ・グルーニングさんも晩年は
肉体の内部が焼けただれて痛かったのでしょう、
人々の行いにもだと思いますが、
お辛いお顔をされている写真が残っていますね・・・

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2017.04.10 / Top↑

どうもわからないことがあります。

自分と別の肉体を持つ他者が関わるとき、
『自分も宇宙の王』で、他者も『それぞれの宇宙の王』で、
それぞれが勝手に他の他者のことを
『自分に都合よく』考えていて、
他者と関わろうとしています。

結局その場で、

「力が強いほう」
「利己的な人」
「口が達者で弁が立つ」

ほうがその場を支配するってことなんだよなぁって、
そう思うのです。

「言いたいのに言えない」状態だと
どんどん支配されるだけだけど、

斎藤ひとりさんの『劣等感』のお話を聞くと、

「大人しい人は大人しい体に生まれて来るんだよ」

という話をされていて、

生まれつき遺伝子的性格や心が
「大人しい」立場で産まれて来る人は、
「支配される立場」から逃れられないってことなのかな?

これの1つ前の記事で、
ある場所のある集まりの開催時間の前に
既婚男性から体を密着されたことについて
とても嫌で嫌悪感バリバリだった話を書きましたが、

なんで私は既婚男性に体を密着させられて
すごく嫌で嫌悪感バリバリなのに
『あからさまに体を離す』という
利己的行為をしようとちらっと考えた時、

「あからさまに体を離すのは相手に失礼かもしれない」

なんて相手に都合の良い物の考え方をしてしまうんだろう?
と思うわけです。

そこに「男性を立てる」とか
そういう男尊女卑思考の意識が働いたわけじゃないし、
単に「誰にでもいい顔をしてしまう」という

『嫌われたくない症候群』

から来る行動に過ぎない、
心の弱さに過ぎないのだけれど、

相手はこちらに対して自分勝手なんだから
自分の身と心を守る行動に出ないと自分を守れないのに、
相手に都合の良い物の考え方をすぐにしてしまい、
その思考に従ってしまった・・・

高級霊シルバーバーチもおっしゃっていたけれど、

「利己心はいけません、利他心が大事です」

と、『利他愛』『利他心』が大事だと
何度も何度も降霊会で伝えてきているけれど、

天上界で過ごしてきた人というのは、
天上界という階層世界に行くまでに霊界において
『利他心』『利他愛』を学ぶための
テストが何度も行われるということが
『ベールの彼方の生活』や
『誰にも描けなかった死後世界地図』
(スピリットランドという本が元らしいです)
という本に書かれているけれど、

それで天上世界に行くまでに
霊界において『利他心』『利他愛』を培う
出来事を体験させられてその心の境涯になり、
長い時間、天上界で過ごすと、

基本的に
『相手を優先する思考と心の在り方』
になってしまって、
そして天上界の指導者や神さまのおっしゃることに
快く従い実行するという心の境涯になっていて、

天上界には心優しい愛の人ばかりが居て、
周りには敵がいなくて良い人たちばかりで、
利己心がなくても脅かされることがないという
そういう世界で長く過ごして、

それでまた地球に愛の人として
誰かのお手本となって
『利他愛』『利他心』を発揮するために
生まれて来ることになった時、

天界人な心に沿う肉体ということになると、

「大人しく」
「従順で」
「繊細で」
「か弱く」
「精神的には強く」
「エゴが薄く」
「利他心脳で」
「利他的思考優先で」
「優しく大人しい顔立ちで」

という遺伝子的特徴や脳の特徴や顔立ちの肉体を
わざわざ好んで選んで生まれてきているんじゃないかしら?

とずっと『シルバーバーチの霊訓』など
スピリチュアリズムの古典の良書を読んでから
考えておりました。

それだと、もう私のように
人生の最初の赤ちゃんの時からとか、
小さなころから利己的な人に
都合の良いように扱われて

愛しても愛されなくて
心傷つくことがいっぱいあって
人を愛せなくなって
好きという感情も気持ちも
感謝の気持ちや感情も
抱けなくなるという、

心にそういうことが起きたって
おかしくないのではないの?
と思ったりしているところです。

これについて神さまから答えが来るよう
願っているところです。

さて、さきほど書きました
斎藤ひとりさんの『劣等感の話』ですが、

斎藤一人 最高傑作 劣等感の話
https://www.youtube.com/watch?v=45P_pYe_7xg

私たちが輪廻転生の人生で
克服しなければならない学びが
『劣等感』だそうですが、

親が未熟なため「私(あなた)」に
劣等感を植え付けてしまうことについて、
その親もそのまた親が未熟なことから
劣等感を植え付けられていて、
そのまた親も・・・の連鎖なのだということ、

親が「私(あなた)」を育てるときに
「なにをしていたか」
について上記音声動画で斎藤ひとりさんが
熱意をもって愛を込めて語ってくださっていますので、

ぜひ苦しくてたまらないというお心の状態のみなさんに
お聞きいただけたらと思います。

「愛するお母さん」や「愛するお父さん」が
「私(あなた)」に何をしていたか知ったら、
自分の『劣等感』に関する親の呪縛から
抜けられるかもしれません。

おそらく私は持って生まれた
天界人的な心の在り方や思考の在り方と、

産みの母が病気で私の面倒をちゃんと見られなかったこと、
父と継母に厳しい戒律を強いられて
暴力を振るわれて支配・威圧をされ続けたこと、

それがどうしても相手を怒らせて暴力を振るわれるのが怖くて
相手に都合の良い利他的思考をしてしまい、

自分の心と身を護るという利己的思考や自己愛が
うまくできていないということにつながっていると、
だから虐待のことに関してのエネルギーヒーリングに
徹底的に取り組まないとならないと
そう自己分析しているところです。

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2017.04.10 / Top↑
※この記事に出て来るブルーノ・グルーニングさんの交友会はドイツ非営利社団法人(非営利団体)で宗教団体ではありません。

2年前にある場所で行われていたある集まりの開催時間前に、
ある既婚男性からされたことで私がとっさに取ってしまった行動が、
その既婚男性に誤解を与えてしまったようだなと、
もうその場所のある集まりにはとても行けない状況になりました。

それは、2年前からあることが行われる集まりで、
開催時間より1時間は前に行っていたのですが、
その日はもっと早く行って資料の本を読み進めようと
2時間近く前にある場所に行った時でした。

その場所に一人だけ先に来ていた男性
(のちに既婚者だとわかりました)
に声をかけられて、私が

(これからもこの集まりで同席することになるんだろうし・・・)

と、社交的に会話をと思って話しかけられた内容に対して
お返事をいろいろしていたところ、
あるテーマについての話を私の方からしてしまい、
その瞬間、その男性が私の席に小走りでかけて来て、
座っている私に身体をぴたっと密着させて立ち、
私が読んでいる資料の本をそのままの位置に置いたまま
ページをめくって説明しだしたのです。

私は男性が苦手で、親からの虐待された体験のこともあるので
人に体を触れられるのはかなり苦手なので、
身体を密着させて立たれた瞬間に、

(えっ?(>_<;) )

と思ってすごく嫌であからさまにすぐに
体を離したかったのですが、
つい、

(それをするのは失礼な態度を取ることに
なってしまうのではないか?)

と利他的思考で思ったため、
嫌でたまらなくて嫌悪感バリバリなのをグッとこらえて、
1分だったか2分だったか、
身体を密着状態にしたままこらえてから、
もういいだろうと思ったところで椅子ごと体を離しました。

するとその既婚男性は20cmほど私から離れて
私の机の上にある資料の本を自分側に
少し持ってきて話し始めましたが、
その時に体が密着していたことには気づいただろうはずなのに、
私に一言の失礼を詫びる言葉かけもありませんでした。

それから3か月の間は何度か集まりに参加しましたが、
2016年の4月からは私が奇跡のヒーラーの
ブルーノ・グルーニングさんの交友会
(ドイツ非営利社団法人です)
の名古屋での重要なお役目を賜ったことで、
ブルーノ・グルーニングさんのことのお勉強や
体力の無さや名古屋会合のことで
その集まりには参加できなくなり、

2016年の12月に重要なお役目を
辞退させていただいてから
2か月はものすごく眠くていつ起きられるか
わからない状態になり、調子が悪い状態でした。

それゆえ、2017年の2月までほぼ1年ほど
その集まりにはほとんど参加できなかったのですが、

2017年3月からは調子がだいぶ良くなってきて、
毎週参加するようになったのですが、

2017年4月に入ってその集まりに参加したのですが、
また1時間前に会場に来て資料の本を読み進めていたら、
その体を密着させてくるという
たいへん失礼な変態行為をなさった既婚男性が、

別の男性と仲良くおしゃべりをしていたけど
その相手の男性が用事で部屋から出て行かれたなと思ったら、

その男性がすごい笑顔で私に小走りで駆け寄ってきて挨拶に来たのです。
(>_<;)

すごい笑顔なものですから、
相手にすごい笑顔を向けて小走りで駆け寄ってくるのは
その相手に好意の個人感情を持っているからだと思ったし、

2年前の体密着のことを覚えていて、
身体をすぐに離さなかったことで、

「この人は自分に気がある」

と勘違いされたに違いないと思った私は、
笑顔で小走りで駆け寄ってきて挨拶の声をかけてきたその男性に
これ以上社交的になってはいけないと思い、
そっけない態度を取り、すぐに資料の本を
読んでいるフリをしました。

すると数秒そこにいたのだと思いますが、
仲良く話していた男性が部屋に戻っていらしたので、
席に戻ってその男性と仲良く話されていました。

1日思い悩んで、その集まりを開催している
上司にあたる人に相談の電話をかけましたが、
相談の時間が当分ないとのことで、
今時間がないけど少しなら話を聞きますよと言われて
事情を話したのですが、

その上司にあたる方はその既婚男性のことを
とても真面目な人だと信用しているようで、
その既婚男性の肩を持つことを言い、
しかもその理由はどうも現実的に
あまりあることじゃないという理由で、
私の気持ちは一切思いやってもらえず、

私は「納得いきません」と自分の意見を主張したかったものの、
上司にあたる方は最初から
「当分時間がない。今も時間が無いけど少しなら」
とおっしゃっていたので、
自分の意見を主張して長引かせるわけにもいかず、
引き下がって電話を切らなくてはと思い、

「そうですか、わかりました」

とその上司に当たる人の意見に同意する形を取ってしまい、
その上司にあたる人は、

「また集まりに来てくださいね」

とおっしゃるので、
まだはっきりとどうするか決めていなかった私は、
これも頭の回転が鈍くてとっさの反応ができないがゆえに、

「はい」

とお返事してしまい・・・
(>_<;)

数日前からこの集まりと同ジャンルの世界にいたことがある
友達にメールをしてことの次第を話しまして、

また、そのジャンルの人は真面目だと不倫はしないと
その上司にあたる人がおっしゃるので
それについて検索をかけたところ、

ある質問サイトの質問が引っかかったのですが、
まるでその既婚男性が質問を投稿したのではないか?
としか思えない、
シチュエーションがとても似ている質問が引っかかり、
それも私が2016年の6月にその集まりに出た後の
投稿日付になっていたので、
その既婚男性の可能性もあるのかもしれないし、

こういうことはこのジャンルの集まりでは
よくあることなのかもしれませんが、
既婚であろうが独身であろうが
男性側がこのジャンルの集まりで
女性をそういう目で見ていることにゾッとしました。

もうここの場所での集まりには二度と行かないと決めたので、
上司に当たる人にはお葉書で最後のご挨拶をしようと
そう思っています。

ちなみにブルーノ・グルーニングさんの
交友会のことではありません。

改めて記事を書きますが、
今現在、私はブルーノ・グルーニングさんの交友会は
『遠方の友コミュニティ』に所属していまして、
名古屋コミュニティと名古屋会合とは無関係になりました。

なので別のジャンルの勉強ができるところの
集まりでの話です。

同じジャンルのお勉強ができる集まりが
各地域であるようなので、別の集まりに参加して、
同じようなことが起きたらもうそういう集まりには
参加しないほうがいいと判断するしかありません。

自分でも1番晩中思い悩んで、
今までの集まりにこれからも参加するか否か考えて、
ヘルパーさんにも相談したのですが、
お互い意見が一致したのは、

「どこの集まりに言っても同じことは起きると思う」

でした。

ヘルパーさんが、

「体を密着させてくるなんて、
相手が失礼なことをしているんだから、
嫌だって言って体を離していいのよ。
嫌なことされたら嫌だって
はっきり言っていいのよ。
そこはちゃんと言わないとダメよ^^」

とのことで、
自分を犠牲にしてつい相手に都合の良い思考を
してしまうことについて、
自分の心と身を守るための利己心を養うことを
がんばらないとと思いました。

この体を密着させてきた既婚男性は、
利己的な人だと思います。

なぜなら、

☆私が資料の本を読んでいるのがわかっているのに、
自分が話しかけたいからと資料の本を読むのを邪魔して
話しかける。

☆私が(もしくは女性が)嫌だと思うかを考えず、
自分が体を密着させたいからと密着させてくる。

これだけで利己心の人だってわかります。
自分さえよければいい人なのだとわかります。

こういう人は自分の奥さまも子どもも、
他人を幸せにすることができない人です。
だから奥さまからしっかりと愛されなくて
不満がたまって不幸を感じて、
他所の女に目がいくのです。

そして、幼稚な人だとわかります。
なぜなら、身体密着の件から1年は経っているのに
相手の気持ちがその時のままだと、
身体を密着状態にしていたんだから
「自分に気がある、好意を持っている」と
1年経ってもまだ思っているというのは、

『女心と秋の空』

という言葉もありますが、

「人の心など移ろいやすいもので
いつまでもそのままではなく
変化をするものである」


ということがわかっていない、
幼稚な人だと思います。

なんのためにあの場所のあの集まりや
他のテーマの集まりに熱心になっているんでしょうね?

なにを求めてあの場所に通って
勉強をしているのかなって思います。

結局、現世利益のことしか考えていないんですかね?

そういう人、私は興味ありませんし、
そもそも恋愛においてさほど男性に興味がありません。

人生の中で、赤ちゃんの頃から、
男性にも女性にもロクな目に合っていないのですから、
私は誰かを好きになったり
愛せるような心は持っていないんですよ。

今は、人を愛する気持ちがないこと、
感謝することが思考の上でしかできなくて
気持ちや感情でできないことを
認め受け入れるための内観法をしています。

最後に一言言っておきます。

女性が自分に好意を持っているか、
女性が自分に気があるかを確認するのに、
身体密着法を使って、
相手の女性が体密着状態から逃げなかったら

「自分に気がある」

と思う、判断するのは男として幼稚です。

女性によっては、私みたいに、

ものすごく嫌で嫌悪感バリバリなのを
ものすごい精神力で我慢して
相手に失礼のないようにと考えて
身体密着を1~2分くらい耐えてから
身体を離したりする女性もいるということを
どうぞお忘れなく。

相手の意志もおかまいなしに
身体を密着させてくる人は
とても失礼だしヘンタイです。


男性が女性に対して紳士的なのは当たり前のことで、
紳士的じゃない男性は私は嫌です。
というか、

私はこの顔ですが中身が男なので、
男はどうでもいいです。
女性もわがままに振る舞ったり
私をお母さんがわりや恋人代わりにする人とは
付き合いません。

エゴで利己的な人に興味はありませんし
仲良くプライベートで付き合うこともしません。

下品だなと思う人も嫌です。

そうそう、あのジャンルの人たちは、
男尊女卑の世界なんだそうで、
男尊女卑の思考の持ち主になるのかもしれません。

私はどちらかと言えば

女尊男卑

の概念が強いと思います。

「原始、女性は太陽だった」

という言葉があるのですが、

男性は女性(または女性役の人)がいないと
生きていけないけれど、
女性は男性がいなくても生きていける生き物ですから。

「男は女には勝てないんだよ」

という真実と現実を
きちんと受け入れている人は
そこだけは好感持てます^^

おほほ。
(*^ノ^*)

ところで、何年も前から私のブログを
読みに来ていらっしゃる方は、
ここに書いたこと、

「ああ、あのジャンルのことだな」

とわかると思います。

そのジャンルの集まりでの記事は
普段のブログのほうは昨日ぜんぶ削除できたと思いますが、
こちらのブログも後で見つけ出して削除します。

ただ、このジャンルの勉強はどうにかして
続けていきたいなと思っているので、
ネット上で勉強したり、
別の地域の集まりに参加するとか、
とにかく手を打ちます。

今まで通っていた所にはもう通わないです。

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2017.04.10 / Top↑