『価値』はおおまかに2つあります


2012年4月7日に、普段のブログのほうに私は『価値』についてのこんな記事を書きました。

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行きつけのカフェに行ってきたのですが、マスターがある雑誌かなにかで、今の若い子は『価値』という言葉の意味がわからないのだということを知ったとおっしゃっていました。

なんでも、若い子は値段が高いか低いかが『価値』だと思っているのだそうです。

私は『価値』がどういうものか誰かに教わったりしたことはないのですが、『価値』というのは一概には言えないんですが、お値段が高いが低いかというのはちょっと違うんじゃないかな~と思います。

いかにその品物を作るのに手間隙かけているか、優れた技術の仕事をして作られているか(良い仕事をしているか、丁寧な仕事をしているか)、品質の高い素材の良いものを使っているかどうか、で決まってくるのも『価値』です。

品質の高い素材の良いものを使って、優れた技術で作ったものは、その分お値段が高くなってもおかしくないことなので、お値段が高いことで『価値』があると考えるのは間違ってはいません。

そして、安い素材であっても高い技術で作られたものには、高い技術の分だけ『価値』があることになります。

それから、たとえば安いお値段で買える大量生産の品物であっても(つまり高い技術で作られたとは言えない素材が普通の品質のものであっても)、その品物が気に入って長年愛用して大事にしているのなら、その人にとってはその品物は『価値』のあるものになります。

安い素材(品質が普通、または悪い素材)で低い技術(つまり良い仕事をしていない)で作った品物に高いお値段をつけている品物は、『価値』があるとは言えませんが、その品物を大事に愛用している人がいれば、その人にとってはその品物は『価値』のあるものになります。

そうですねぇ、言うなれば『思い入れ』の分だけ『価値』があるってことになるでしょうか・・・

品質と技術の良さというところや心を込めて作ったという作り手の『思い入れ』があればそれは『価値』のある品物になりますし、その品物の使い手がその品物に対して『思い入れ』があるなら、その人にとっては『価値』のある品物になる・・・

人も「自分にはなんの価値があるのか?」と考えますが、スピリチュアル的に見ればその人の好きな人が持っている良い面はその人が持っている良い面なので、その良い面を持っていることが『自分の価値』があるってことになるようです。

でも、私は人に『価値』というものがあるなら、それは『『神の子(愛の光)』である』ってことだと思います^^

スピリチュアル的に見れば、自分や相手が『価値があるかどうか』で見るのはおかしいという話になるかもしれませんが・・・

『価値』って『大事なもの』『重要なもの』という意味合いもあるのではと思います。

そして『お値段が高いものは品質が良い』と人は思うのが『お金の価値』というものだそうです。

私はこういう風に『価値』というものを考えています。

少し、参考になったでしょうか?

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先日、『手づくりの価値はやってみるとわかります』を書きましたが、手編みの商品を売っている私が商品価格に自分がわかっている価値分を入れていいんだと話すと、

「『価値』はお客様が決めるもの」

だとおっしゃる方がよくいます。

私は『価値』には編み物をしている私がわかっているだけでおおまかに2種類あると思います。

『提供している側がその品物を作ったからこそわかっているその商品についての価値』

と、

『その商品の使い手が使ってみて感じていくその商品の『価値』』

です。

提供側がその商品の『価値』をわかっていなければ利益を得るためのお値段はつけられませんし『価値』がわかっているからこそ顧客に自信を持って提供(販売)できるのだと思います。

また、顧客はその商品の材料費や作るのにかかる手間や時間、使う全自動機械がいくらのもので稼動させるのにどれだけの電気代がかかるか、社員が快適に働くために使う冷房費や暖房費はいくらか、工場の土地代はいくらか、その商品を作るのにかかる人件費がいくらか、会社運営費がいくらか、などなど・・・

というのは顧客にはわかりませんから、そういったその商品を提供するためにかかるお金についてや、その商品を考えた人の創造性(アイディア)にいくら支払う必要があるのかなどのお金の計算は顧客にはできませんし、そういうことも商品のお値段の中に入っていると考えている顧客はそうはいません。

こういったことも、商品のお値段の中には含まれています。

提供する側がその商品、提供するものを作ったからこそわかるその商品の『価値』があるのです。

その上で、顧客がそれぞれで感じていくその提供されたものの『価値』を顧客が決めるのです。

顧客が感じる『価値』は、使えば使うほどわかるので、その『価値』を感じていくのにその商品を使う回数、使うのに月日や年月がかかりますから、時間が経てば経つほどその商品の『価値』がその人の心の中で上がっていくのだと思います。

『『価値』は顧客が決めるもの』なだけなら、会社が作り手としてのその商品の『商品価値』をわかっていないということになり、商品に会社の利益を得て会社を運営し従業員に給料を支払うことができるだけのお値段がつけられないということになると思います。

作り手が提供するものの『価値』をわかっているからこそ、その提供するものにお値段をつけられるのです。

『価値』には提供する側がわかっているその商品の『価値』と、顧客が決める『価値』とがあるのだということは、自分が提供する側になって考えてみればわかることです。

あなたが企業に勤めているのなら商品を提供する側なのですから、自分の会社の商品に価値があると社員が考えているかどうか、

「価値は顧客が決めるものですが、企業側は自社商品の価値についてどう考えているのでしょうか?商品のお値段には企業側が商品価値分を入れていますか?」

と聞いてみるといいかもしれません。

商品価格を安くするために商品に企業側が決めている商品価値分は入れてないと言われるかもしれませんが・・・

自分の会社の商品に社員として『商品価値』を感じている社員がいると思いますし、自社製品についての商品価値がまったくわかっていない社員もいると思います。

『価値』は顧客が決めるだけのものではないです。


【追記】2013.7.18.
『手づくりの価値はやってみればわかります』
http://tensitatinokotodute.blog.fc2.com/blog-entry-1009.html

の記事に書いたことといただいた削除済みのコメントでのやりとり、そしてこの『価値にはおおまかに2つある』の記事で書いたことを、占い師の友達に簡単に説明して聞いてもらいました。

すると、返って来たお返事は、

「そのコメントを書いた人は商売人にも営業職にもなれない」
「流通のプロが聞いたら青いと笑われるでしょうね」

とのことでした。

そのコメントを書いた人の考えはもちろん、私の価値についてや手づくり品の価格についての考えも、流通のプロから見たら青くてなにもわかっていない意見なのだと笑われることでしょう。

私の商品を買った人から値段のクレームが来たとしたら戦うことも必要だけど、私の商品を買ってない人から値段のクレームを言われても聞き流してもいいとのことでした。

値段についての同業者からのクレームだと考えたとしても、普通は高い値段をつけた場合はクレームを言われるのはないそうです。なぜなら自分も高い値段にできるからです。安い値段にしたときに同業者からのクレームが来るそうです。

『価値は顧客が決める』の真意は、顧客には買うか買わないかの自由があるということだそうです。
支払う価値があるなら買う、支払う価値がないなら買わない、だそうです。

私の価値についての3つの記事は、流通のプロが見たらセールストークと思うだろうとプロの占い師の友達には言われました。

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1 Comments

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確かに理想をいうなら、しおんさんのご意見は正論なんですけどね…下請けでなく、独立して仕立て屋を目指すなら、技術はもちろんですが、デザインセンスはとても大事です。
服飾の分野であれば、センスのよさは尚更に…

2013/07/25 (Thu) 13:26 | REPLY |   

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