神に残酷さはないため、子の私にもない


今日の『奇跡のコース』のワークブックのレッスンは170です。

『神に残酷さはないため、私にも残酷さはまったくありません』

※著作権の関係で言い回しをちょっと変えています

『奇跡のコース』ワークブック レッスン170はこちら
http://ameblo.jp/acimworkbook/entry-10925946995.html

私は父(神)がご自分を延長して創られたものであるため、私は父(神)と同質のものです。
父(神)よ、あなたに残酷さはないため、子である私にも残酷さはまったくありません。
なぜなら、あなた(神)の中にそれがないからです。
あなた(神)の平安は私たちの平安です。
私たちは、あなた(神)から授かったもの(愛のことだと思います)だけでこのセカイを祝福します・・・(以下省略)

これを読むと、

「私は怒りを感じた時に、相手を攻撃したいという思いにかられ、残酷さを私の中に感じます」

と思ったりします・・・

でも、その怒りと攻撃性は、失うことの『怖れ』から来ます。

このセカイを現実だと思っている、このセカイで『見えるもの』(五感で感じられるもの)、そして心で『感じるもの』のがすべてだと思っているので、『失うものがある』と私たちは勘違いしているのでしょう・・・。

神の愛によって創られた私の心には初めから神の愛があり、神が永遠である限り、私は永遠で、それ(神の愛)を失うことはありえない。

このセカイに騙されているうちは、『失う』と感じると思います。

自分が『神の子』だということを忘れているうちは、『失う』という怖れがあります。

私もまだ、『失う』という怖れを感じることがあります。

そんな時、天使たちはオラクルカードで、

「恐れることはなにもない。よけいな心配はしないで」

と伝えてきます。

このセカイの物の見方を、聖霊(仏心)さんの物の見方と考え方に変えないうちは、本当に幸せにはなれません。

私(たち)はこの宇宙に騙されていて、エゴ(自我)の思うツボです。

そんな私たちに、2千年も前から、ゴータマ・ブッダとイエス・キリストたち、聖者たちが真実を伝えてくれました。

『原始仏教』も最新の『奇跡のコース』も、この宇宙に騙されなかった聖者からのメッセージです。

この宇宙に騙されない『悟り』の状態に到達する手助けをしてくれるものです。

ワークブックのレッスンも170まで来て、あともう半分くらいです。

どうも、テキストを全部読んでいないとならないあたりまでレッスンが進んでいるようです。

テキスト、早く読み終えなくては・・・

さぼりつつ頑張ります。
(*^^*)ノ

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