悪魔祓いを見ました 奇跡のコースから


2012年2月23日に、普段のブログのほうに『悪魔祓いを見たのですが・・・』という記事を書きました。

こちら
http://blog.goo.ne.jp/sion-etsuko/e/e6555f74c2939d4ca0c19ab429b40e52


この日記を見て、今は付き合うのをやめた『奇跡のコース』を先に学んで理解している元友達が伝えてくださっていたことをお伝えします。

元友達には「神の思し召すままに」と過去に言われているので、『奇跡のコース』を学ぶ方にも自分にもお役に立つのではと思いますので、元友達とのやりとりを掲載します。

友達のコメントです。

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> このセカイという実在しない夢の設定がそうなのであれば、このセカイを「見て」いるうちは、夢の中の意識である「私」は悪魔に影響されるということですよね・・・

ええ、何回でも言いますが、
夢だから「ない」んです。
そこに夢が「ある」と考えてはなりません。

ここのところが、今のところシオンさんの最大のブロックです。
夢が「存在する」ことは「ない」のです。
存在しないからこそ「夢」なのであり、存在してしまったらそれは「現実」です。

シオンさんは、或る現実に「夢」という名前をつけようとしています。
識別し、名前をつけることで、それを「考える」ことができます。

これは、コースが教えようとしていることとまったく違います。
夢は夢なのだから、何もかもが現実ではないし、存在さえしていないのです。
だから、このセカイのものを「どういうこと」と考えるのは、無意味な考えごとです。
存在していない、「ない」ものについて「考える」というのは、要するに存在しないものを「ある」かのように扱うということで、これこそエゴのやりたいことです。

つまり、存在するからこそ否定したり肯定したりできるわけです。
存在さえしないものを、否定も肯定もできないですね。

もうひとつ、夢の設定というのが、「自分と関係ない何かが定めたもので自分には変えられない」という考えであるなら、それもコースの教えとは真っ向から逆ですね。

夢を見ているのは自分の心であり、このセカイは自分の心の中にある。
だから、夢の設定とは、「まったく全部が自分で責任を持たねばならない、自分で望んで決めたことで、だからこそ自分自身でどのようにでもいくらでも変えられるもの」である、とコースは教えます。


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この友達のコメントに私は次のようにお返事をしました。

で・・・でもでも・・・
昨日の番組で悪魔が憑いていた人、本人とは違ってほんとに悪魔が憑いているとしか思えなく豹変していましたよ~
(><)
私がああいう状態になってしまったら、エクソシストを依頼するお金もないし、精神病院に入院して二度と出られないかもです、それは困ります。
(><)

どうしたらこのセカイが「夢」で「ない」んだっていう認識(?)意識(?)になれるのでしょうか・・・

悪魔も私が望んだものなら、私が望めば悪魔憑きなんて状態にならないのでしょうか・・・

私が悪魔憑きの状態を望んでいるなんて・・・
(><)

このセカイが「夢」だって教えていただいたけど、私はなかなかこれが「夢」だって思えるようになりません。

テキストはまだ最後まで読めていないし、1章~4章はなにが書いてあるのかさっぱり理解できないし、テキスト読んでも字を目で追っているだけって感じで頭に入ってこないし覚えられないから理解もできないです・・・

『奇跡のコース』は記憶力のある頭の良い人向けなんでしょうか・・・?

テキストは脳で処理できなくても心に入ってきているとのことなので、読んでみてはいるのですが・・・


こう言ったら、また友達が伝えてくれました。

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夢だと「思う」のではなく、夢だと「考える」のです。

なんでかというと、このセカイが本物だと「思う」ことが肉体にとっては自然なことだからです。
だから、夢だと「思う」ことはとても難しいし、夢だと「思う」ことができるように、今まさにコースを学んでいるわけなのです。

難しいと「思う」のは、それが肉体にとって自然な思いではないからです。
自然な思いではないから、強いて「考える」必要がある。
それが、コースの言う「心の訓練」です。
そう「考える」クセをつけることで、肉体にとって自然でない思いをほとんど自然に「思う」ことができる、これが「訓練された心」です。
そうなれるように、練習をしています。

夢だと「思える」ようになったときは、言ってみれば訓練完了ということです。
だから、「思う」のではなく、「考える」んです。
「考え」は「思い」から生まれるものですが、だからこそ、思いを逆転するためには意識的に強いて考える必要があります。


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友達のコメントに私はこうお返事しました。


ありがとうございます。

そのように「思う」のではなく、そのように「考える」のですね。

でもテキストとワークブックに一通りは目を通さないと、そのように「考える」ための材料を得られていないってことですよね。

「夢だと考える」・・・うーん、まだどのようにしていいのかわからないけど、とにかくそう「思う」のではないんだってことがわかっただけでもよかったです。

ありがとうございました。


これでこのやりとりは終わりました。

そうかぁ、私はこのセカイ(この世とあの世)が幻想だって、夢だって友達に伝えていただいていたから、幻想だって言っているけど、実は「或る」と思っている現実に『夢』という名前をつけようとしているだけなんですね・・・

「夢だと考える」というのが今の私の『奇跡のコース』の学びの段階でできるのかがわからないのですが、「これは夢だ」って「考える」ようにしたら、「なんの意味もないんだな~」って考えに行き着くのかなぁと思いました。

ただ、辛いことがあってそのことに意識を集中して考えてしまうと、ボロボロと泣いてしまうので、「夢だって考えられていないんだ」って「思う」ことになってしまっています。

う~ん、このセカイは『夢』と考える・・・そう考えるのですね・・・

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この記事のことを思い出したのは、私は何度かコウモリの幻覚を見ていて、昨日も幻覚でまた見たので、コウモリってよく悪魔の使い魔として漫画などに描かれていますよね、悪魔にはコウモリの羽があるように描かれていたりしますので・・・

それに、過去に氷室奈美さんの『タロットウォーズ』という漫画を読んで、描かれていた魔王ルシファーを見て、

「神さま、もう許してあげればいいのに・・・」

と思ったことが関係しているようなのですが、統合失調症になって四六時中幻聴が聞こえてきて入院した2003年と2006年に、魔王ルシファーから求愛されるという幻聴を聴いているのです。

なので、私は悪魔に監視されていたりするのかなと思って、そういえばこういう記事を過去に投稿したなと思い出しました。

私はカテゴリーに『悪魔について』というのを儲けていて、『奇跡のコース』の名古屋シェア会でお会いしたある女性から教えていただいたことを記事にして記載しているのですが、その女性は

「悪魔は見たい人が見るんだよ。意識はなんでも見せるから」

とおっしゃっていて・・・

私は顕在意識では悪魔を望んでいなくても、私の潜在意識は違うのかなと思いました・・・
(・_・)

昨日、コウモリの幻覚を見て、すぐに大天使ミカエルを呼ぶことも、できませんでした。

起きてからすぐに祈ったけれど・・・

そういえば、『タロットウォーズ』という漫画で、イエスさまが魔界の最深部に降りて行って魔王ルシファーと対面するシーンが描かれているのですが、イエスさまは魔王ルシファーのことを憎んではいなかったし、魔王ルシファーへの愛の気持ちというか・・・すべてのものを愛しているように描かれていると私は感じていたのです。

『闇を認め愛する』

なんてこともスピリチュアルでは言われていますが・・・

まだ私にはそれができる強い心の持ち主ではありません・・・

はっきり言いますが、コウモリの幻覚を見て、悪魔に監視されているのではという考えが出てきて、私は恐れを感じました・・・

はやく『奇跡のコース』の言っていることを理解して、イエスさま並の愛の心の持ち主になりたいものです。

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この記事を見た名古屋ではとても人気のある手相鑑定師のお世話になっている方から、

「コウモリがマイナスイメージがついたのはドラキュラ伝説のあたりからじゃないかな?
 
 コウモリはね、「孔守」って書くんだよ。

 日本では魔界の孔(あな)から魔物が出てくるのを見張ってくれる生き物なんだよ。」

と教えていただきました!

もしかしたら私が幻覚で見たコウモリさんは、魔物が出てこないように見張ってくれているコウモリさんかもしれません♪

安心した~♪

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