人のお金にたかる人はあさましいです

※この記事は2013年12月23日に普段のブログのほうに掲載したものです

アクセス解析を見ると、スピリチュアルなセッションを受けるのに無料や格安をプロに求める方が多いみたいなので掲載しておきます。

プロはお金をいただくだけのことができる、それだけの価値あるものを提供する労働ができるとわかっているからこそお金をいただくようにしていて、また、生計も立てていかなくてはならないのでエネルギー交換としてお金という一番便利なものである形での対価をいただくよう「設定」しているということです。

お金がないのは収入に対してそれに見合わない支出の暮らしをしているからということがないか、きちんと家計の収支の見直しをなさって生活水準を下げるなり節約するなりなさる努力が必要になってきます。

バイトができないという学生さんやお子さん、障害など病気で働けなくて親にもお金を出してくれとはとても頼めない方ならいたしかたありませんが、成人者なら節約してでもお金は工面するものだと思います。

スピリチュアリティのセッションに無料を求めて試食みたいに受けたいと思っている方は多いのかもしれませんが、プロに『労働』していただくわけですから、お客さまが買うことを見込んでいるデパートの試食とはわけが違うということ、

無料や格安はエネルギー交換の法則という霊的な面から見るとなにも徳はしていないということ、エネルギー交換の法則(等価交換の法則)についてきちんと調べてみられることをおすすめします。


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一発当ててお金が入ってきた人にたかる人ってあさましくていやです。

意識が低すぎます。

お金が入ってきた人が自らそうしたくて「ご馳走します」とか「プレゼントします」とかを喜んで受け取るならいいのですが、

「おごってくれよ」

とか

「儲けたんだろ、俺にこれ買ってくれよ」

とか言ってたかるのはあさましいです。

「恥を知りなさい。プライドを持ちなさい。」

と言いたくなります。

値切るのも無料を求めるのも本当は失礼なこと。

大阪や大型電気店のように値切られることを前提のお値段をつけていて値切るのが文化だったり値切りシステムがあるところならそれはコミュニケーションのひとつですが、生産者やお店側がつけた品物の価値を下に見るのは生産者や販売者に対してリスペクトがなくて失礼です。

お金は工面するものです。

戦後の日本はとても貧しかったですがものすごくつつましい暮らしをしていざというときのお金を貯めておいて、ここというときには高額でもその価値を考えて高額でも支払いました。

それは映画「佐賀のがばいばあちゃん」でも描かれています。

戦後ほどのつつましい暮らしをしろとは言いませんし多少の必要無駄をするのもいいですが、人のお金にたかるのはいかがなものかと思います。

提供する側が商売戦略のひとつや愛の奉仕として「これは無料でやります」と提供してくれるものを受け取るのは提供者からの、大きく言えば宇宙から(神から)の豊かさのプレゼントですからいいのですが、自ら無料や格安を求めるのは生産者や販売者などの提供者へのリスペクト(尊敬)がないということで失礼なことです。

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