。。☆゚ ゜しおんえつこのスピリチュアリティ勉強中ブログ~セルフヒーリングで心キラキラになりませんか~゜゜☆。。


先週、『波動の低いものに触れるな』とイエスさまもブッダさまもおっしゃっているということを知り、人間関係ではどうなのかという疑問を抱いて友達とメールをしていた時、元クリスチャンのおそらく過去世でシスターをやっていらした友達から、

「シオンさんのこれだけは守りたいという自我はなんですか?」

という質問が来て考えてみたのですが2つあって、その1つが、

「愛の意識が高い人じゃないと嫌」

というものでした。

友達が言うには、宗教をやっている人の多くに「人に寛容であること」というのに対して自我を持っていてその自我のプライドで人に寛容でいる(ことに努める)という人が多いそうなのです。

でもそれは愛なのかと考えるとパワーのレベルと言うより苦しみへの忍耐のような気がします。

私の「愛の意識が高い人でないと嫌」というのは愛ではないなぁと思います、条件づきの愛なんだなと・・・

これでは心のキャパシティが狭くてもおかしくありませんよね。

私に『奇跡のコース』がなにを言っているか伝えてくださった方が、

「イエスもエゴと共にあるその人を愛していたわけではない。
イエスはその人の向こうにある「神の子」の部分を見て愛していたのだ」

とお伝えくださったんです。

ですからイエスさまレベルではない私がエゴと共にあるその人を愛せるはずもなく・・・

今気づきましたが、私は、エゴと共にあるその人を「赦す」ことができるようになることが必要なんだろうと思いました。

『許容』『受容』に特化したフラワーエッセンスを摂り続けてみようと思います。

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2015.07.16 / Top↑