「わたしは十分に愛されていない」などは・・・

今、数年前に亡くなられた聖者であり精神科医であられたデヴィッド・R・ホーキンズ博士の、

『わたし<真実と主観性>』

http://www.amazon.co.jp/dp/490382165X/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1439807510&sr=1-1&keywords=%E3%82%8F%E3%81%9F%E3%81%97+%E7%9C%9F%E5%AE%9F%E3%81%A8%E4%B8%BB%E8%A6%B3%E6%80%A7


という本を読んでいるところなのですが、61P~62P目に多くの人が持っている心理の由来についての記載があったのでそこを引用します。


>>「私は人から嫌われる」は、自らの内なる憎しみに由来します。
>>
>>「誰もわたしを気にかけてくれない」のは、あなたが自分の幸せや利益ばかりを追求し、人のことは考えない自己陶酔者だからです。
>>
>>「わたしは十分に愛されていない」のは、あなたが他者を十分に愛していないからです。
>>
>>「わたしは不当に扱われる」のは、あなたが思いやりに欠けているからです。
>>
>>「わたしは人から嫉妬される」のは、あなたの内なる嫉妬心を繁栄しているにすぎません。
>>このようにわたしたちは、自分の書いた世界のシナリオに責任を持つことで、不幸の種を見つけ出し、修正することができます。
>>人を愛することで、私たちは世の中に愛されていることを実感できます。
>>見返りを求めず尽くすことで、援助の手が得られます。
>>何かを獲得するために行動することをやめた時に、人生は思いもよらない寛大さを見せてくれます。
(『わたし-<真実と主観性> P61~P62から引用)


ここの中で「相手を思いやる」とか「相手を愛する」については、

「相手が与えて欲しいと思う思いやり」



「相手が与えて欲しい愛」

を与えることをしていないと・・・ということだと思います。

よくあることは、おそらく、

「自分が与えたいと思っている愛」

つまり、

「相手はこうすれば喜んでくれるだろう」

という「自分勝手な」思いやりや愛を与えているから、相手にとっては「いらない愛」を受け取っていて相手は不満があるということです。

それゆえに、相手は、

「この人からは愛されていない」

と思うのであなたを思いやる行為、愛する行為をしない、ということになってくるのだと思います。

「今、どうしてほしい?何して欲しい?」

を聞いてみて、それをやってあげるのはとてもいいと思います。

それは相手がどういうことを望む人なのであるか知っていくことになるので、

「相手を知る」

ことができ、コミュニケーションが取れるようになっていくだろうと思います。

もちろん、「自分が愛されたいように愛しなさい」という聖句があるので、まず、

「自分だったらこうされることが愛されている」

というものを与えてみて、相手が喜べばそれはOK、不満そうな顔や文句を言われたらその愛は相手が欲しいと思っている愛じゃないということだと思います。

デヴィッド・R・ホーキンズ博士は精神科医さんでいらしたから心理学を学んでいるわけですから、やっぱり心理学を学んでいるとその人の心理を見た時に原因がどこにあるのかを見つけることができるんですね・・・

今日、ある方から、

「スピリチュアリティで大事なのは知識ではなく愛です」

と言われてそれもなるほど・・・と思ったのです。

私は記憶力はよくないし本もあまり買って読むことなどはできなくて、今は作業所で働いては働いたその日から2日間くらい疲労で寝て・・・

という日々になってあまり本を読むこともできないので、やっぱりそうなるとフラワーエッセンスを摂るか聖霊治療に取り組んで愛の意識を上げて大きく豊かな愛を持てるようになるように努力していくことが必要なんだなぁと・・・
(*^^*)

聖霊治療を「やらなければいけない」のではなく、本当に神のエネルギーは心地よくて気持ちよいので温泉に浸かって気持ちよさを味わうように「温泉入りたい」の気持ちで聖霊治療で神の治癒を受け取っているのですね♪

だから6年前くらいにあったような『レイキに支配される』状態とはちょっと違うと思います。

だって、心地よいこと、大好きですもん♪
『神の治癒』でエネルギーチャージしないと私の場合は体力がないので疲労で何日も寝込んでしまいますしね~・・・
(^□^;)

そうそう、この『わたし-<真実と主観性>』を読む場合、その前に『パワーか、フォースか』というキネシオロジーテストの本を読む必要があります。

『パワーか、フォースか』
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%91%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%81%8B%E3%80%81%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%8B%E2%80%95%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%81%AE%E3%83%AC%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%92%E6%B8%AC%E3%82%8B%E7%A7%91%E5%AD%A6-%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%BA-%E3%83%87%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BBR/dp/488320300X/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1439807580&sr=1-1&keywords=%E3%83%91%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%81%8B%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%8B

この本を読んでいないと、『わたし-<真実と主観性>』に書かれている『レベル590で測定されます』などの『レベル~~~で測定されます』の意味や愛や愛でない状態の意識のスケールについてがわからないです。

私が知識をつけようとすると、知識なんて必要ない、愛が大事という言葉を何度か聞きます。

私が「こういうのが愛だ」と思っていることは、実はまだ私の心の境涯では実践ができないのです。

なのでもっと愛の意識を高めるため、自分の「心の引っかかり」を改善するためにセルフヒーリングですね♪
(*^^*)~♪

ところでこの『わたし-<真実と主観性>』の本は、帯に『真実度999の書!』と書かれているのでヘルパーさんが、

「真実度が999%の本なんだ」

と誤解なさったのですが、『真実度999』というのはキネシオロジーテストにおける『意識レベル999』のことです。

意識レベル700~1000は『悟り』のレベルで、イエス・キリストとブッダ、クリシュナ(バガヴァッド・ギーターの)が意識レベル1000でこの世を去りました。

つまり悟りのレベル、それもキリスト・ブッダレベルの本ということです。
なにしろ、聖者デヴィッド・R・ホーキンズ博士がイエス・キリストとブッダの境地に立たれたであろう、意識レベルがおそらく1000だったろうという聖者であられましたから、この本は聖者が自分で書いた本で、おそらくこの世で1番意識レベルが高い現代の本です。
人(*゜▽ ゜*)

スピリチュアリティを学ぶ上で、聖者デヴィッド・ホーキンズ博士の本に出会えるということはとても幸運なことだろうと思います。

早くデヴィッド・ホーキンズ博士の洋書も日本語訳になって出版されてほしいです♪

ちなみに、聖者デヴィッド・ホーキンズ博士は、無神論者だという理論物理学者の『スティーヴン・ウィリアム・ホーキング』博士とは違う人なので誤解のないようお願いします。
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