自分を否定する人について気づいたこと


私にはスムーズに付き合えない人たちが今までにけっこう居て、特に私はエゴ(自我)の強いタイプ(フォースの人たち)とスムーズに付き合うのが難しいのですが、その人たちとの交流の中で波長・波動の法則のことやスピリチュアリティ的にどうなんだろうとか考えていたのですが・・・

たとえば、波長・波動の法則(引き寄せの法則とも言います)については、現役の聖者の方々は波動がとても高いはずですが、悟りを得ていない波動・波長の低い人たちと会ってその方たちを祝福したりするイベントを開催していたりします。

このセカイで1番意識の高い聖者であられるイエス・キリストが地上にいらしたとき、たくさんの悟りを得ていない人々がイエスさまに会いに来てイエスさまの話を聞いたりしていたことが新約聖書に書かれている箇所があります。

波長・波動の法則があるなら、聖者のそばには聖者しか居られないはずではないか・・・?

なんて考えたりしたのですね。

さて、私がスムーズに付き合えない人たちとのやりとりの中で、私が自分の意見を言った時、つまり「発表」した時に、その意見を「それは違う」と否定してくる人たちはよく居て、人は十人十色だから私の意見とは違うのはわかるけれど、

「お前は間違っている!私の意見が正しい!」

と、ぐうの音も出ないほどの正論の理屈を言ってきて私の間違いを正そうとする人もいるのですね。

津留晃一さんの、

【動画】『鏡』
https://www.youtube.com/watch?v=swHqJ1x11tU

の動画を聴きましたが、スピリチュアリティ的には、

「あなたがあなた自身を否定しているから、あなたを否定する人が現れるのです。
あなたが自分自身を100%否定することが無くなれば、あなたを否定する人は現れないのです。」

というメッセージがあるのですが、スピリチュアリティ的にそうなんだろうと思います。

ですがこの、

「自分の意見を言った時に相手から否定される」

というのには、スピリチュアリティ(霊性)とは関係なさそうな、人の心理面というのがあるんじゃないかというのが私の気づいたことなのです。

私が1つの意見を言ったとします。

すると相手が

「それは違う、それはこうだ、なぜならこれこれこういう理屈がありこれは間違っていない正論だからだ」

と相手の意見を言ってきたとします。

このとき、相手は私に1つの意見を言われた時、

「この人は言うことを聞けと命令してきている」

と無意識に思っているようだということなのです。

「この人の言うこと(命令)は納得いかない、自分はこう思う、だから言うこと(命令)を聞きたくない、だから私は反論する」

と決めて自分の意見を言って抵抗するわけです、相手は抵抗しているわけではなく、自分の心を守ろうとしていて、自分の意見を言って私の言うことを聴く気はないんだと意思表示をしているわけで、自分の意見を「発表」しているに過ぎないのですが、意見を言った私は、

「私の意見に反論された。私が間違っていると言われた。この人が私に「自分の意見に従え」と言って(命令して)きた。なぜ私の意見を認めてくれないのだろう。私はこの人の言うことに従いたくない」

となり、嫌な気分になるわけです。

つまり、お互い、自分の意見を「発表」しているだけに過ぎないのに、お互いが相手が「私の言うことを聞け」と「命令」してきているのだと無意識に思ってしまっているのではないかということに私は気づいたのです。

人は、物心ついた時から、お母さん、お父さん、教師、自分より上の兄姉、自分に甘えてくる妹弟などから「自分の言うことを聞け」と要求されてそれに従わなければならない体験を積んで生きてきています。

さらに就職すると会社の取り決めや、社長や上司の言うことを聞かなければならない環境に身を置きます。

なので、自分以外の「他者」から何かを言われた時、

「この人の言うことを聞かなければならない」

ととっさに無意識で思い、それが自分より上の立場の者だとは思っていない相手の場合、言うことを聞きたくなくて自分の心を守るために「抵抗」しようとする心理を持っているのではないかと、私は気づいたのです。

こういう『心理』を人が持っている以上、スピリチュアリティ的な理由に関係なく、否定しあう関係が成り立ってしまうのではないか?

と私は思うわけです。

ですが、『自分自身を否定する心』を持っているということで否定する人が現れるのもまた霊的にそうなのでしょう。

それならば、心理的な点から言えば、自分の意見をいう時に、必ず前置きで、

「今から私が言うことは、私はそう思っているというだけのことで、あなたに私の言うことを聞けと言っているわけではないから、あなたは私の意見に従う必要はないんだということを頭に置いて聞いてくださいますか?
単に私という人間はそういう考えを持っているんだなということでお願いします。」

と言ってから自分の意見を言うと、否定されることなく聞いてもらえる可能性は高くなるのではないかなと思ったりしました。

また、それでも私の意見を否定されたとしたら、

「あなたはそういう意見を持っているんですね。
でも私にその意見に従えとは思わないでくださいね。
人は十人十色、百人百様なのでみんな正しいのです」

と言っておけばいいのではないかなと思いました。

これらを言わないと、お互いが相手に反論されたと思って相手に不満を持ち、関係がスムーズにいかない原因の1つとなるのではないかと思います。

また、人はどうも、

「自分が絶対に正しい。自分は絶対に間違っていない。」

という強い信念、思い込みの心理があるようなのです。

人はみんな違う宇宙(セカイ)を見て生きています。
同じ部屋に居て、同じものを見ていたとしても、まったく違うセカイを見ています。

ですので、あなたはあなた自身のセカイの中で間違っていなくても、相手もそうなのです。

相手と自分がセカイを共有しようとした時、同じ宇宙(セカイ)を生きていないのに同じセカイを生きていると思ってしまって、

「自分が正しくて相手が間違っている」

という概念が持ち込まれてしまうだけに過ぎないので、

「自分も何も間違っていないけど相手も何も間違っていない。
相手はそういうセカイを生きているんだな」

という認識に切り替えないと、相手との関係がスムーズに行かないのではないかと思います。

どうでしょう、このこと、心当たりはおありではありませんでしょうか?

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