「孤高の孤独の人として生きなさい」ということなのでしょうか・・・?


つい最近、キリスト教団体に所属したら『助け合える』友達が増えてひとりぼっちにならないのだろうか・・・

なんて書きましたが、先週だったかこんなことがあったんです。

ある日の日中、テレビが気になってテレビをつけたら、石に押しつぶされたかのようなおうちのことをやっていて、おもしろそうな話題だから見ていたら、その次に切り立った高い岩の上に家が建っていてそこで1人で暮らしている人がいるという話題になったのです。

それを見ていたら・・・

なんと、その切り立った高い崖の上の家で暮らしている人はある宗派のキリスト教の聖職者の方で、神への祈りをささげながら誰とも話したり接したりすることなく1人で生きる修行を14年間されている聖職者の男性だったのです。

もちろん、食べ物など物資は滑車を使って教会の方がその家に届けたり、街の人がおうちの敷地のお掃除や草むしりなどをしたりするのですが、その聖職者の方は人と話すことを禁じられている修行をしているのです。

この修行は過酷なのであまり挑戦する人がいないのだそうです。

えっ、これって・・・
神さまからの私へのメッセージですか?
Σ( ̄0 ̄|||)

神さまは私に、

「孤高の孤独の人として生きなさい。
それをしている聖職者がいるのだよ。」

とおっしゃっているということですか?
( ̄0 ̄|||)

たしかに、今の中途半端に意識レベルの数値が上がりスピリチュアリティにしか関心がない私の心の境涯では、たいていの人とのお付き合いが難しいので友達はできにくいのですが・・・

キリスト教団体に入ったほうがいいのかと思ってから、すごく聖霊治療に取り組みました。

すると気持ちが落ち着いてきて、今は別にキリスト教団体に入らなくてもいい心の状態になっていますが・・・
(もう少しで宗教の餌食になってしまうところだった・・・あぶない、あぶない。)

聖者のような慈愛の心、人を愛する『聖なる愛の炎』を心と胸に灯せるようになるまでは、一人静かに日々を暮らしなさいってことなのかな・・・

一人静かに過ごす時間が多いということは贅沢なことで、勉強をする時間と聖霊治療にしっかり取り組む時間を与えていただいているということ・・・

病気というおまけはついたけど、神さまは私に望む環境を与えてくださった・・・

日々勉強してしっかり聖霊治療をします。

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