。。☆゚ ゜しおんえつこのスピリチュアリティ勉強中ブログ~セルフヒーリングで心キラキラになりませんか~゜゜☆。。


一昨日は栄駅の5番出口の階段上がってすぐのプロテスタントのキリスト教教会で開催されている無料の聖書勉強会に参加してきました♪

今日は牧師さまがご用事で戻ってこられないとのことで、牧師さんが1回目の聖書勉強会でやった内容を録音したものがたまたまあったのでそれをみんなで聞きますとのことで、始めに伝道師さまが神さまへのお祈りをなさってから、讃美歌の『主よ、わが身を』を歌いました。

そして『創世記』3章1節~24節までをみんなで2節ずつ朗読してから、今日は3章14節~24節の内容の牧師さまの講義の録音を、牧師さまが作ったレジュメを見ながら聞きました。

内容はあまり書けないのですが、蛇にそそのかされて知恵の木の実を食べたイシャー(女。エバのこと)にすすめられて知恵の木の実を食べたイシュ(男。アダムのこと)への神さまの宣告は、イシュの行為の確認をなさってその結果としての処罰であるのに対し、イシャーへの言葉は罪に対する裁きがないとのことで・・・

「おまえのはらみの苦しみを大きなものにする。お前は、苦しんで子を産む。」

という翻訳は、女性の出産の苦しみの増加として理解されてきたけれど、最近の研究によれば、「はらみ」と「苦しみ」がつながって理解されることは、旧約(聖書)だけでなく古代ユダヤ教文献にも見当たらないのだそうで、むしろ「苦しみ」は生活上の労苦であり、「はらみ」は逆にそのような中で女性に与えられる祝福だ、という解釈があきらかにされているということを教えていただき・・・

他に、神さまの御言葉で、「おまえは男を求め、男はお前を支配する。」だったかしら、その言葉の「支配」とはイシュが権力を振るってイシャーに言うことを聞かせたり、あるいは自らの所有として意のままに扱うといういうのではなく、責任ある保全保護の行為を表す、と考えられることについても教えていただきました。

それ以外にもいろいろレジュメに解釈が書いてあって、レジュメは4ページにもなるものだったのですが、その中に、ダビデ王とソロモン王など王が神格化されたり、王の一存によって王が異教を信仰すると民たちもその異教を信仰させられることから、神さまは王政を望まれないということを牧師さまの肉声録音ではおっしゃっていたような気がするのですが、レジュメには、

『王が支配権を行使し、神格化され、善悪の判断を下す王国体制は、神への信仰に逆行するとたびたび旧約は言及(Iサム 8:7 など)。』

と書かれていましたので、神さまが王政を望まれていないとは牧師さまはおっしゃっていなかったのかも・・・


教えていただいたこと全部は書けないのですが・・・今日はちょっと私には難しかったのですが、そういえば先々週の勉強会で、イシャーを誘惑した蛇について、『ギルガメシュ叙事詩』の最後に人が得たなにか大事なものを蛇が持って行ってしまったということが書かれていることを教えていただいていました。

そして終わりに讃美歌の『見張りの人よ』をみんなで歌い、みなさんと牧師さまが主への祈りをおっしゃって、私はなにを言えばいいのかわらかなかったのでまたパスさせていただき、讃美歌集に書かれている93-5の『主の祈り B』をみんなで朗読して祈って、今回の聖書勉強会は終わりました。

そしてそのあとはお茶とお菓子をいただきながら20分ほど談笑したのですが、私の隣に伝道師さまがお座りになり、話しかけてくださったので少しお話ししました。

伝道師さまのお話によると、プロテスタントでは牧師や伝道師は『聖職者』とは言わないそうで、牧師や伝道師をしていてもセイント(聖人)やホーリーな人ではない普通の人だとのことで、プロテスタントでは聖人は普通の人と同じだと考える、とかそのようなことをおっしゃっていました。

聖人を普通の人と同じだと考える、というのはいったいどういう意味での考え方なのでしょう~・・・
聞ける機会があったら聞いてみます。

聖書の勉強、とても面白いし、勉強になります。
来週の聖書勉強会で今年の聖書勉強会は終わりで、来年1月の7日だったかな、からまた続きをやるそうです。

元クリスチャンの友達が、図書館に小・中学生向けの聖書のお話の本があるとのことで、そういう本も読んでみたいなと思いました^^
難しいことはよくわからない私でも、小・中学生向けの聖書のお話の本なら覚えやすいかもしれないです♪

関連記事
スポンサーサイト
web拍手 by FC2
2015.12.11 / Top↑