神さまの被造物には神さまが宿っているのに・・・


先日、ユーチューブであるキリスト教団体の『日本人の宗教心』を見て、

「やっぱり神さまのことは創造主さまと聖霊さんとイエスさまでいーんだ!」

と思ったことを書きました。

宗教団体におさまる私じゃないっか!
http://tensitatinokotodute.blog.fc2.com/blog-entry-1799.html

でも、この動画で講義していた方は牧師さんなのかわかりませんが、あとからおっしゃっていた内容に、「あれ?」と疑問が出て来て、自分が持って生まれた宗教観から、

「なんでそういう物の見方をしているの?
そういうことじゃないじゃない。」

と思うことがあったんです。

それは、その牧師さん(牧師さんということにします)が、日本人の『自然崇拝』について、

「神の被造物を(神として)崇拝するのはおかしい」

というようなことをおっしゃっていて、天照大神のことも、

「太陽(という被造物)を擬人化して崇拝しているなんておかしい」

とおっしゃって、宇宙についてのある動画を見せてくださって、地球から光の速さで宇宙に飛び出していくと宇宙はどれくらいのものなのかという内容の動画を見た後、

「太陽崇拝どころじゃありませんね」

とおっしゃっているのだけれど、日本人の繊細な感受性からの神への信仰心を見ると、この牧師さんのおっしゃっていることも間違いではないけどキリスト教的概念からの物の見方しかしていないんだなと思ったんです。

日本人は、

「万物に神が宿る」

と考えるため、創造主さまが「あらゆるものに宿っている」からいろんなものに宿る神さまを、私たちが個別認識し個別の神様の名前をつけただけで、親しみを持って創造主さまを信心しているだけで一神教も多神教も実は同じであると思うんです。

だって、創造主さまがそのお力(エネルギー)で万物を御創りになっているので、万物に創造主さまのエネルギーが宿っているんです。

そして私たち人も創造主さまの御創りになった創造主さまのエネルギーを持つ「子なる神」なんですよね。

だから「仏教は無神論です、いったいなにを拝んでいるのか」とその牧師さんはおっしゃっていましたが、仏教は「己を信じる」「己が仏である」なので、私たちは「子なる神」なので、「子なる神」が「己の内なる神」を信じているから、結局は仏教も創造主さまを信じているってことなんじゃないのかしらって思いました。

いや、私も仏教については里中満智子さんの『ブッダをめぐる人々』を2巻まで読んだくらいで、あとは輪廻転生であらゆる宗教の聖職者をさんざんやっていたそうなので、魂が知っている生まれ持った仏教概念でこう思っただけなんですが・・・

キリスト教では神さまが言(ことば)で万物を創っているのを旧約聖書で伝えているのに、なんでその万物をただの「被造物」(物質という形態)としてしか考えないのか、不思議でなりません。

この牧師さんには日本人の繊細な感受性がないのでしょうか?

まぁ、これは私の持って生まれた1つの宗教観なので、受け入れられないキリスト教の聖書絶対主義の方は、

「こういう風に考える人が世の中にはいるんだね~」

ととりあえず思って、あとは神道も仏教もスピリチュアリズムもスピリチュアリティも、きちんとどういうことを教えていているものなのか知ってみるといいのではと思います。

私は自分の魂が輪廻転生で体験してきた聖職者のときに学んだことを聖書やブッダのことばの本や日本書紀とか日本神道についての本を読んで思い出したいです。

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