。。☆゚ ゜しおんえつこのスピリチュアリティ勉強中ブログ~セルフヒーリングで心キラキラになりませんか~゜゜☆。。


2015年12月16日は名古屋の栄のプロテスタントのキリスト教の教会で開催されている、聖書勉強会に参加してきました。

聖書のアダムとエバの知恵の木の実を食べる話よりも前のいちばん最初からを読みたくて、1時間前に会場に到着したら、なんともう1人のおじさまが来ていらしてびっくりしました。

50分ほどの時間、聖書を読んで、ノアの洪水のところあたりまで読んだのですが、創世記初期の頃はアダムも960年だかそれくらい生きているようですし、アダムの子供たちも600年とか軽く生きていたみたいで、ほえ~~~と思いました。
(^^;)

始まりの時間になり、今回は先生が伝道師さまでした。
始まりの神さまへのお祈りを伝道師さまがなさり、讃美歌の『主イェスは近い』を歌いました。

そして創世記の4章1~26節を2節ずつを1人ずつ読み上げてから、伝道師さまがおまとめになられたレジュメを読みながらカインとアベルの話の解釈をお聞きしました。

講義の内容はあまり書けませんが、カインという名前は、

「私は主によって男子を“得た(カーナー)”』に由来しているそうなのですが、(※本来の意味は『鍛冶工』の意味を持つとされるそうです)、『アベル』(言語では『ヘベル』)という名前は『空しい』『無価値』の意なんだそうです。

これによっておそらくアダムとエバは初子のカインを偏愛していたと思われるとのことで、アダムとエバは第二子のカインに価値を感じていなかったのではということがわかるという解釈で・・・

『むなしい』『無価値』という名前を親が子供につけるというのは、お釈迦さまの初子の『ラーフラ』(障碍)みたいだと思いました。
( ̄◇ ̄;)

カインとアベルは成長し、カインは農耕の仕事をし、アベルは牧畜の仕事をしたのですが、2人が神さまに捧げものをし、カインは農作物を、アベルは羊の初子を捧げたら、神さまはカインとカインの捧げものには目を留めず、アベルとアベルの捧げものに目を留めた・・・というところの伝道師さまの解釈は、

アベルは羊の初子を捧げるにあたって、皮肉を込めたと考えられるのだとのことでした。

なぜなら、アダムが神さまから与えられた仕事は農耕で、カインはその農耕のお仕事をアダムから伝承されたけど、アベルは農耕の仕事を伝授してもらえなかくて、本来神が与えた仕事ではない放牧の仕事をしていたとのこと・・・

おそらくアベルはアダムとエバから『無価値』と思われて愛されてこなかったので、神さまに羊の『初子』を捧げたのは、

「初子が愛されるんでしょ」

の皮肉を込めていたのではないかとのことでした。

それで神さまは愛されてこなかったアベルに憐れみをもったのではないか、というところから、神さまは弱者に憐れみをもってくださるということが考えられるとのことでした。

また、聖書にはアダムとエバとカインとアベル(カインに殺されてしまった)しか出てこないのに、カインに誰だかわからない妻が現れていることが聖書に書かれているので、アダムとエバにはカインとアベル以外にすでにそのとき子供がいて、カインは姉妹と近親相姦した可能性と、もっとあとの時代の人間が増えた時代に妻が現れた可能性とあり、カインの妻の話はもっと後の時代の話が創世記初期にあとから入れられた可能性があるという解釈を教えていただきました。

他にもいろいろレジュメに書いてあって教わりまして、レメクが宣言した七十七倍の復讐について越権行為であることなども、ちろっと教えていただきました。

これは聖書の解釈の1つということで、聖書の解釈はいくつもあるそうなので、これはあくまで聖書の解釈の1つということでお願いします。

でも、第二子って2番目だから親は子育ての勝手がわかっているからほっとかれるってよく知られていますから、アダムとエバが初子のアベルを偏愛していたというのはありえそうです。
(^◇^;)
私も第二子・・・赤ちゃんの頃、抱っこもあまりしてもらえてなかったよと父から聞いたことがあります。

聖書は、書物としても面白いなぁと思いました。
でも自分1人で読んでも、文章からこういうことが読み取れるなというのをあまり思いつかないなぁ・・・
そのまま「ふんふん」と読んでしまっています。

聖職者や聖書研究家って頭がよくないとできないんだなと思いました。

そして讃美歌集の本に載っている、93-5『主の祈り』のBをみんなで読み上げてお祈りしてから、1人ずつ神さまへの感謝のお祈りを言いまして、今回は私も神様の愛のお力によっての腰の椎間板の歪みの治癒や鼻詰まりの治癒や右肩の五十肩の治癒のことを言って感謝しました。

お祈りの最後に、

「主イエス・キリストの御名によって、この祈りを捧げます」

だったか、そういう言葉で祈りをしめくくることを教わりました。

今年の聖書勉強会は今回が最終日で、年初はたしか1月6日からだったと思います。

明後日12月24日に『クリスマス賛美礼拝』が19時~20時にあるのですが、参加させていただこうかと考え中です。

聖書勉強会で講義料としてのご寄付をさせていただこうと思ったら、牧師さんから、

「これは無料の聖書勉強会だから、ご寄付は礼拝でお願いします^^」

と断られてしまったのです・・・
受け取ってもいいはずなのに、「礼拝で」とはとても良心的だと思いました。

そうそう、18日に『金曜夕拝(クリスマスの夕べ)』があるから来ませんかと、信徒さんと牧師さんからお誘いがあって、夕拝のあとお菓子やパンとスープをみんなで食べながら談笑するとのことだったのですが、天使ストップがかかって行かなかったんです。

それについてはどういうことなのかをまた別の記事に書きますね。
(*^0^*)

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2015.12.22 / Top↑