あるレベルに意識が上がると『人でなし』な心境になるんだなぁと…


昨日、『天への階段』(心の境涯)によって付き合えないのだということについての日記を書き、心の傷を癒し心を癒して満たして意識を上げていくセルフヒーリングが大事なのだということをちろっとお伝えしましたが、私の中でちょっとわからないなぁということがあります。

『天への階段』(心の境涯)によっては付き合えない…の話
http://tensitatinokotodute.blog.fc2.com/blog-entry-1847.html

それは、心理カウンセリングを受けたり学んだりして、メンタルケアをすることは、心の傷が癒されて心が満たされて意識が上がっていくことなのか、そうではなく心の整理ができて心がすっきりとするだけのことなのか・・・です。

私が通所している障害者の作業所の所長さんが心理カウンセラーでもある方なのですが、大学で6年、心理学についての専門的勉強をした臨床心理士の資格を持っている方なのか、それとも民間の心理カウンセリングの資格を取った民間の心理カウンセラーの方なのかはわからないのですが、所長さんはとても心の温かい方だなとよく思うのです。

いつもニコニコとして明るく、過去にとてもつらい状況にあったところから自助グループに参加して持ち直した方なのですが、とても心が温かい方だなと感じるので、心理カウンセリングを受けたり心理カウンセリングの勉強をして心について学ぶと、実は心が癒されてしまって意識が上がるのか、それとも心は傷ついているのだけど心について学んでいるから心理カウンセリングの知識で自分で自覚法などをして心をすっきりさせてしまえているだけなのか・・・と思うわけです。

また、先日ご紹介した『観音経』と『般若心経』の本の著者である桑田二郎さん(月光仮面の著者さんです)は、とても苦しくて自殺を試みるくらいだったところ、瞑想に出会って心が救われたとご著書に書かれているので、心理カウンセリングの勉強をして心について学び、その知識で自覚法に取り組めば、やっぱり心が救われて心の傷は癒されて意識が上がるから心の温かい愛の意識の高い人になれるのだろうか・・・?

私はよくセルフヒーリングに取り組んでいることで、心が癒されて満たされてキネシオロジーテスト(筋肉の反射でみる科学的なテスト)の『意識レベルの数値』が上がっていること、それにより「これこれこういう心の状態になった」ということを時々日記に書いていますが、

自己愛がしっかりしてきた、つまり自分を愛するようになったことで人に対してとても冷たく見えるような心の状態になったりしてきているので、ときどき、心が傷ついていた頃の私のほうが人に対して優しかった、人に対して利他的だったなぁと思ったりするのです。

しかし心がとてもとても深く傷ついていた頃の利他的な人への優しさは、それは自己犠牲的であったのでよくなかったのだということにも気づいています。

神さまは私たちに自己犠牲することはお望みにならないそうなので・・・

例えば、今の自分がどう他者に対して心が冷たいかというと、

「本気で変わる気のない人の相手はしない」

であるとか、

「(頼まれても)自分がやりたくないならやらない、やりたいならやる」

という、自己犠牲をしないがゆえに一般的には「我儘」という意味での自己中心的に見える取捨選択をしての行動言動をしたり、

「優しくしてほしい(同情してもらいたい)と思って辛み話をしてくる人の話を聞くのが仕事以外では嫌になった」

とか、まぁ心が冷たい人だなと思われてしまうような、そういう心の状態になっているのですが、聖霊治療で意識が上がった方や悟りを得ている方がやっぱり私と同じことをおっしゃるので、心が堕ちて他者を愛せなくなって利己的になっている人ととても似ていることをしているのですね。

これは心が癒されて満たされて自分を愛せるようになって自己愛がしっかりしてきたあるレベルでの心の状態なので、それよりさらにもっと意識が高くなってくると心が温かくなるのではないかと思っているところなのですが、

どうも心の冷たい人と変わらない「人でなし」な状態になっているので、悟りのレベルの意識が高くなりすぎての「人でなし」になれたらなぁと思っているところです。

私と関わった人で、私から縁を切られたりした人は、

「どこが愛の意識があがっているんだ」

と思うだろうと思いますが、セルフヒーリングに取り組んでキネシオロジーテストでの意識レベルの平均値が800くらいになると私の今の心の状態がわかるようになると思います~
(^▽^;)

縁を切らせていただいたみなさん、ごめんなさい!
私の心の器では人付き合いは難しいです・・・

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