。。☆゚ ゜しおんえつこのスピリチュアリティ勉強中ブログ~セルフヒーリングで心キラキラになりませんか~゜゜☆。。


悟りの勉強をしたり、禅や仏教やおそらくキリスト教や『奇跡のコース』を学ぶと、「善も悪もない」という物の見方をすることについて言われたりすると思います。

そうすると、神さまからのテストが何度も来ます。

そのテストは自分にとってのとても辛い出来事や嫌な体験をさせられて、それでも「善も悪もない」という物の見方ができるかを神さまから何度もテストされるんです。

わかりやすい例として、イエス・キリストの磔がそうではないかと思います。
イエスさまは磔になったとき、
「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」
(我が神、我が神、なぜわたしをお見捨てになったのですか)
と言ってお笑いになったことが書かれている聖書もあるそうなのですが、

(私が読んだ新共同改訳の聖書にはお笑いになったとは書かれていなかったように思います)

イエスさまがお笑いになったのは、

「ああ、自分も他の人と同じエゴに過ぎなかったのだ」

と気づいたからだという説を、悟りを得られている賢者テラさんがスピリチュアルTVの番組でおっしゃっていましたが、なるほどもし笑ったのだとしたらそれはそういう意味でお笑いになったということもあるのかもしれないと思いました。

奇跡のヒーラーのブルーノ・グルーニングさんも迫害を受けて、それを許し続けて、ハイルシュトローム(善のエネルギー。神のエネルギーそのもの)を誰かに流すことを法律で禁じられてしまったため、ハイルシュトロームによって体内が焼けただれて肉体を去りましたが、やはりテストを受けたのだと思います。

本当の話かはわかりませんが、お釈迦さまはある人が料理したものを食べたら毒キノコにあたって食中毒になって死んだという話があるのですが、お釈迦さまはその料理を作った人が申し訳なさそうにしているのを「最高のもてなしだった」とねぎらったという話があり、それも本当ならやはりテストだったろうと思います。

ゲイリー・レナード氏の『神の使者』という、『奇跡のコース』という聖霊とイエス・キリストからのメッセージとされている『心の訓練書』についての話が書かれているドキュメンタリー本があるのですが、ゲイリー氏に『奇跡のコース』のことを教えに来た高級指導霊のパーサ(女性)が、最後の地上人生を生きた時の体験談が書かれていまして、

パーサが地上で肉体を持って生きた最後の人生において、パーサは大学教授をしていたのですが、一人の男子学生が良い成績をつけろと要求してきてそれを断ったら、その男子学生がパーサから性的虐待を受けたと言いふらし、パーサはそんなことをしていないのに濡れ衣を着せられてしまい、それはニュースになって世間に知られて、パーサは大学をクビになってしまい、とても辛い人生を歩むことになったけれど、それを許し続けて、神さまからのテストに合格したため、地球を卒業することができたという話をしています。

禅の道や仏教やおそらくキリスト教、そして『奇跡のコース』を学んで歩んでいくと、こういうような迫害か、そこまでではなくても、なにか自分にとって辛い体験や嫌な体験をさせられて、それを善悪として見ないことができるかという神さまのテストを受けることになるだろうと思います。

ブルーノ・グルーニング交友会の国リーダーも、なにかの体験をしたときに、これは神さまからのテストだったんですとおっしゃっていたことがあります。

善悪として見ないことができるかどうかの神さまからのテストがやってくることについて、心に留めておかれるといいと思います。

ただし、忠告があるのですが、ブルーノさんは「法律を守る必要がある」とおっしゃったこと、そしてどんな物事についても人についても善悪として見ないのだとしても、暴力団やヤクザや詐欺師などの反社会的勢力の人たちと関わることはなさらないようにお願いします。

なぜなら、暴力団やヤクザなどの反社会的勢力の人と関わると、家族は会社をクビになるし、会社やお店に雇ってもらえなくなりますし、住んでる地域から追い出されるという迫害を受けたり、暴力団やヤクザの道に引きずり込まれます。

これは身を守るためにちゃんと善悪ジャッジをしなければならないということです。

このセカイは二元の場所として作られているため、設定として善悪はあり、生きる上で必要に応じて善悪の判断をするべきときはしなければならないことを認めてそれを許し、心の中ではそれを善悪として見ない、という難しいことをする道を歩むことになります。

極端な例ですがわかりやすいと思われるので殺人を例えに出します。

殺人はしてはいけないことで悪いことをするということなんですが、殺人をすでに犯してしまった人が、辛い状況でやむを得なかった事情があったなら、それを情状酌量したり、どういう事情で殺人を犯したかを考慮した刑罰を与えて刑務所で服役してもらうようにする必要があり、これは善悪ジャッジをするということです。

そしてその殺人を犯した人が出所したらその殺人を犯した人が社会で働きながら生きていけるように殺人を犯したことを善悪として見ながらも善悪として見ないで心の中では許してあげるということをする。

と例えたらわかりやすいでしょうか?

なぜブルーノさんが善と悪について言っていて(地球は二元と分離を体験するために作られた場所なので光と闇、善と悪などの二元の設定がある)、その上で批判するのをやめなさい(これは善悪として見るなということ)、許しなさい(これも善悪として見るなということ)、隣人を愛しなさいと言ったのか、少し掴んでいただけたらと思っております。

NO2 『善悪ジャッジ』と『善も悪もない』について
http://tensitatinokotodute.blog.fc2.com/blog-entry-1992.html


奇跡のヒーラーのブルーノ・グルーニングさんの紹介文はこちら
http://tensitatinokotodute.blog.fc2.com/blog-entry-1406.html
(病気治癒だけでなくあらゆることで奇跡が起きます
奇跡が起きるかどうかはあなたにかかっています
それゆえブルーノさんは奇跡が起きることは保証はしていません
が、あなたが神さまの愛の送信を受信できれば奇跡は起きるでしょう)


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2016.10.05 / Top↑