。。☆゚ ゜しおんえつこのスピリチュアリティ勉強中ブログ~セルフヒーリングで心キラキラになりませんか~゜゜☆。。


ある方の体験談を読ませていただいて、
こういう友達関係というのもあるんだなと知りました。

そして私は・・・
誰かとしっかりと付き合える心というのが
できない心を持っていて、
誰かと交流があっても

「その人に信頼される自分でいる」

ことも、

「その人を信頼する自分である」

ことも、

できなくなってしまった・・・

ひとえに、「感情的な愛」つまり
「愛情」というものだと思うけれど、

そういうのが感じられない心の
持ち主だからだと思います。

「この人はどうなんだろうか
信頼して大丈夫なんだろうか」

そういう気持ちを奥のほうに持ちながら、
好感を持てた方と交流を取っている・・・

なぜなら、過去の人付き合いは
単にその人が私で心を満たそうと
しているだけだったり、
私を使い走りにしながら餌を与えるような、
そんな

「利用されているだけ」

の関係に過ぎなかったんだなと、

ヒーリングに取り組み続けて何年も経ってから
やっと気づいたから・・・

だから他者を信頼するのが怖いし、
もう他者に都合よく利用されたくないのだと思います。

それはその人たちとの人間関係で
「愛されている」
ということではなかったことに
気づいてしまったからだと思います。

どなたの言葉でしたっけ・・・
なにかの詩の言葉の中に、
信頼を裏切られたとしても、

「それでも人を愛しなさい」

そんな言葉があって、
それはなんと難しいことなのだろうと
そう感じています。

私だってその人を愛しているわけではないけど
交流を取ることになる人はいます。

「愛している」のではなくても
「優しくする」というようにして
関わるように心がけたりはあります。

「ちゃんと優しくしていただいている」
というのがわかれば
「利用されているだけ」
なんて思わないのだと思います。

その

「ちゃんと相手に優しくする」

というのがどういうことかが
わかっていない行動言動が
相手もしくは自分が

「この人嫌だ」

になるんだと思います。

「相手で自分の心を
満たそうとしているだけではないか?」

ここがポイントだと思います。

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2017.01.13 / Top↑