。。☆゚ ゜しおんえつこのスピリチュアリティ勉強中ブログ~セルフヒーリングで心キラキラになりませんか~゜゜☆。。


スピリチュアルTVの視聴者で
一瞥体験を何度もされている方が
なにかの話の流れでこうおっしゃっていました。

「自分が弱いと叩かれ、今度は自分が強くなれば孤独を味わい(中略)」

自分が弱いと叩かれる。
自分が強くなると周りが怖れて離れていく。
人とは私も含めてとても利己的で
自分勝手なものだなと思います。

この方が「柳のように」という言葉を使って
例えてくださった言葉があったのですが
メモを取るのを忘れてしまいましたが、

「柳のようにしなやかに」

という意味の言葉をおっしゃってくださったと思います。

その「柳のように」で私がパッと思い出したのは、
夏や秋に強い風に吹き荒らされる
青い稲穂が強い風にしなやかに揺れて
波の様だな、美しいなと思った子供の頃の光景を
思い出しました。

内観法をしていると、「すべて自分の内なのだ」
ということには気づくけれど、
それでも肉体を持った他者との関わりがある世界の中で、
「外」を見ての自分の反応、
「外」が「自分」を見ての反応に対して
あれこれ言うことで、
その言った、言われた言葉で気づきがあり心が成長したり、
自分の知らなかった世界観を知ることになるというのも
また人生を生きていく上での醍醐味なんだろうなんて思います。

ハイルシュトロームやフラワーエッセンスで
神さまの愛と治癒のエネルギーを受け取り
すごく意識が高まると、
「外」つまり「誰か相手」が
私を見たり何かを見たりして
発言しているその言葉の内容は、

「その人の主観と価値観での投影に過ぎない」
「それはあなたが思っていることで私じゃないから」

になるのだけれど、

「それはあなたが思っていることで私じゃないから」だと
「相手が何を思おうが自由」
「私が何を思おうが自由」
の世界になり、するとそれは
「自分が心の成長をすることにつながらない」
ことにつながることになってしまったりするので、
これも使い分けなんだと思いました。

空(くう)の「善も悪もない」と
色(しき)の「善も悪もある」も
この肉体を持つ他者がいる世界に
身を置いて生きる以上、
使い分けなのだと思います。

今、哲学者で心理学者の加藤諦三先生の

『誰にでもいい顔をしてしまう人
~嫌われたくない症候群』

を読んでいる最中です。

だれにでも「いい顔」をしてしまう人
嫌われたくない症候群

だれにでも「いい顔」をしてしまう人 嫌われたくない症候群 (PHP新書)
クリエーター情報なし
PHP研究所


そうそう、『嫌われる勇気』という本もありましたね。
これもまたいずれ手に入れる必要があるけれど、
私も「いいひと」「優しい人」の顔をするのを
やめるように頑張り始めましたよ。

怒ることをしないで相手の言い分を
認め続けてしまったりすると、
生きる気力を失くしてしまうのだという
『テレフォン人生相談』の音声動画を
天使さまがチョイスして教えてくださいましたよ。

【音声動画】
怒り、言いにくい事を言うのが元気の源です!
マドモアゼル&勝野洋!人生相談
https://www.youtube.com/watch?v=nZVPucjMVhA

【動画】
本来の欲を出さず我慢してると不安だらけの人生になる!
マドモアゼル&勝野洋!人生相談
https://www.youtube.com/watch?v=2crOpP3TEaE

【動画】
言いにくい事が言えない
心が育っていない人は周りに潰される!
マドモアゼル&勝野洋!人生相談
https://www.youtube.com/watch?v=p23gqTNbNww

私にはちゃんと愛してくれて
良い価値観を与えてくれるような
肉親はいなかったので、
神さまを本当の親だと思って生きてきました。

途中で統合失調症になった時に
「神さまがいたらこんな病気になんてならない」
と思ったりして、神さまに文句を言ったこともありました。

でも今、テレビを見なくなった私に
神さまはユーチューブに動画投稿してくださっている方や
サイト運営をしている方々を使って私に教えて、
私に体験をさせて私の心を
育てようとしてくださっています。

そう、それは神さまがこの世に生きる人たちを
道具として使って・・・です。

加藤諦三さんや
幼児教育研究科の大原敬子先生や
そのほかの先生方の
『テレフォン人生相談』の音声動画は
すごく勉強になります。

人はオリジナルの宇宙を生きているはずなのに
相手と自分の宇宙が実は似たようなことを
体験していたりするんだなって
思ってしまうような、
そういう『誰か』の世界の『宇宙体験』が
私の宇宙にもありそうだと、
役立つことにつながったりする・・・

「自分が見ている自分」と
「誰かが見ている自分」と
「自分も誰かも見ていない自分」と

あと1つ、なんだったかしら・・・?

とにかく、「自分が見ている自分」だけが
「自分」ではないということ・・・

大いなる神さまの御心の中の
大いなる宇宙の中で
私に必要なものが与えられ、
神さまは私に体験させる。

私は自分の心と身を守るために
自分と他人との間にちゃんと『境界線』を持って
『自己主張(アサーション)』ができるように
なることの道を歩み始めた、
そういう流れになってきているようです。

メンタルカウンセリングを受けなかったら
『自己主張』と『境界線』のことを
教えていただくことがなかったので、
心の専門家のメンタルカウンセリングを
受けることは大事だなと思いました。

悟りを得ている人の話より
ずっと自分に必要なことを
気づかせていただいたり、
教えてもらえるかもしれないな、

そんな風に思っているところです。

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2017.04.18 / Top↑