「価値観の押し付け」と受け止めてしまうことについて


何度がこのブログの何かのテーマで書いた記事に
書いたことがあるのですが、
最近、スピリチュアルの知識や悟りの観点を
自分が幸せでいるための利己心に都合よく解釈して
それを別の肉体を持つ人に通用させようとしている、
価値観がおかしくなっている人に出会います。

地球の未来を変えていくために生まれて来たという、
『インディゴチルドレン』という
古い世代の魂の今までの価値観が
通用しない人たちもいるそうですが、

どうもそういう人ではなく、
自分の心が自由で幸せでいるために、
スピリチュアルの「あなたは自由です」とか
悟りの観点の「善も悪もない」などを
自分に都合よく解釈して取り入れて
自分以外の肉体を持つ人に通用させようという
行動言動をしている人がいるんです。

そういう人が増えているなと思ったのですが、
私の知人と友達のカウンセラーさんや占い師さんも
同じことを言っています。

たとえば、この間、こんなことがありました。
スピリチュアルTVに出演していた男性が
私のコメントに対して発言した内容が
私にとって「なんだこの人は!」と思う発言だったので、
その人に対しての文句を番組が終わった後、
スピリチュアルTVのチャットに書き込んだのですね。

するとあまりチャットで見かけないお名前の方が、
その出演した男性が気に入っているからなのか、
それとも私のことが普段から
気に入らなかったという人なのかわからないのですが、
私の発言に対して出演男性の肩を持つことを
言い返してきたのですね。

しかも、私のことを「えつこさん」と書いてくるのです。
(私はネット上で しおんえつこ という名前でも発言しています)
その方と仲良く会話したこともないはずで
親しいわけでもないから、

「私はえつこさんと呼ばれるのはあまり好きじゃありません。
人を下の名前で呼ぶのは相手と親しくなってから
相手に下の名前で呼んでもいいか
相手に許可を取ってから呼ぶものです。
私はあなたと親しくないし。」

と書いたら、

「それも私の自由です」

と相手は発言してきたので、私は、

「それは違いますね。
 「私があなたをどう呼ぼうが私の自由だ」
なんて人間関係のマナーの上で通用しません!」

と私が書いたら、
相手は「しおんさん」と書くようになりましたが、

スピリチュアルの「あなたは自由です」というのを
自分の利己心に都合よく考えているから
こういうことをするのです。

幼稚園~高校か大学生くらいまでの子どもの世界だと、
友達になっただけで相手のことを
「●●ちゃん」
と下の名前ですぐ呼びますし、
その時に
「●●ちゃんて呼んでいい?」
と確認を取る子とまったく確認を取らない子といますが、

「仲良くしよう」とか
「友達になろう」とか言った相手に、
下の名前で呼んでいいか確認せずに
「●●ちゃん」
とすぐに呼んでいいのは子どものうちだけです。

大人になったら相手のことは苗字で呼ぶのが基本です。
子どもでも知り合った大人に呼びかけるのなら
苗字で呼ぶのが基本です。


ネット上で知り合った場合は
ハンドルネームを使い本名を教えない場合もあるので
そのハンドルネームで呼ぶものですが、
リアルでお会いして本名で知り合った場合は、
相手のことは苗字で呼ぶのが基本です。

また、先ほど私とチャットで初めて会話するのに
「えつこさん」と書いてきた相手は、
私が文句を言った出演男性が
私のコメントに対して言って来た発言のことを、

「●●さんは自分の主観と価値観で自己主張しているだけですよね。
それは●●さんの自由では?」

と言ってきたので、私は、

「●●さんが私のコメントに対して言ったことは
●●さんの主観と価値観での自己主張で●●さんの自由です。
その●●さんの私への発言に対して
私が自分の主観と価値観で自己主張するのも私の自由です。」

と書いて、その出演男性がしていることについて
私の意見を書いていたら、その言い返してきている相手は、

「しおんさんは正義や自分の価値観を押し付けているだけでしょ」

みたいな発言をなさったので、

「人間関係でさんざんもまれてきていれば、
自分の価値観を言うことも必要だし
正義だって法律だって、それこそ宗教の戒律だって
道徳だって人間には必要なんだということがわかります!」

ということを発言しておきましたが、

自分の気に入らないことを相手が言ってくることは、
「価値観の押し付けだ」
という物の考え方をして、
自分の心が自由で幸せでいるために、
自分に都合の悪いことは全部
「相手の価値観の押し付け」
という物の見方をして、

「相手の意見は自分には必要ない。
自分には自分の意見が大事だから
受け入れる必要はない」

みたいになっている人が
増えてきているのかなと思いました。

他人の価値観の『押し付け』と思うのは、
相手が自分の意見を言ってきたときに
自分が自分の意見を相手に自己主張したけど、
相手がその意見をまったく認めないで
「お前は私の言うことを聞けばいいんだ」
と言い続けてきたときに、
相手の力に抵抗できる力がない時、
「価値観の押し付けだ」
と思います。

自分の意見が社会的にとか人間関係で
通用しないような価値観であることを
わかっていない自分に対して、
親とか上司とか先輩など他の人が、

「人間てこういうものだから
(または世の中はこういうものだから)
こういう風にしたほうがいいんだよ」

と「知恵」や「知識」や「生き抜き方」の
意見を言って来ている場合、
それを自分が認める気にならない、
それを適用する気がない場合も、
「価値観の押し付けだ」
と捉えることもあります。

ですが、スピリチュアルの
「あなたは自由です」
というのを間違えてはいけないのは、

「自分には自分の主観と価値観だけが必要で、
他の人の主観と価値観の意見は
私の人生には必要ないものだ」

と考えるのは違うということです。

人生を先に生きてさんざん苦労した人が
人生の中で知ってきたことや、
頭がとてもよくて
「1を知って10を知る」
ことができるような人の意見などが、
自分の人生ですぐにとかいつか役立つことも
時にはあるということ。

それは頭に置いておかないとならないです。

子育てしているお母さんやお父さんならわかるはずです。

幼子や学校に通っている子どもや
成人したばかりの若い子は、
人生体験が少ないことで経験値が少なく
危ないこともしてしまうことがあったりするので、
人生を先に生きて来た自分が知ったことを
子どもや若い子に教えることも必要なのだと、
子どもを育てている方ならわかるはずです。

私も40代後半ですが、
38歳くらいの頃からうちに来てくださっていた
ヘルパーさんがお孫さんのいるご年齢の方で、
うちに通い始めてくださったのがたぶん62歳くらいの頃で、
2016年12月31日でヘルパーを引退しましたが、
70歳まで通ってくださいました。

私がスピリチュアルを学んで
「引き寄せの法則があるから」とやってみたいことを話すと、

「世の中、人間というのはそんな自分に都合よくないんだよ!
人間はこれこれこう考える人が多いんだよ。
うんぬん・・・」

ということなどをきちんと言ってくださって、
よく叱ってくださいました。

ヘルパーさんも今の若い子や子どもが
変な価値観の子が増えてきていることは
おっしゃっていました。

大人になってすべてにおいて自己責任で
自分の行動言動に自分で責任を取ることができて
生きていくことができるというのなら、
他人の意見をすべて
「価値観の押し付け」にして
自分の主観と価値観だけで生きていくということも
ありなのかもしれませんが、

私たちは一人で生活していくことはできず、
人に教えていただかないと知ることができなかったり、
人のお世話になったり、
人に協力していただいたりしないと
生きていけないのに、
自分がやったことについて
自己責任を取れるものと取れないものがあるのに、

「他人の主観と価値観は受け入れない。
自分に必要なのは自分の主観と価値観だけだ」

なんていうのは、非常に傲慢だし
世の中で生きていくということや
自分がなんでも知っているわけでも
なんでもできるわけではないことを
わかっていない人だと思います。

価値観の「押し付け」の「押し付け」というのは、
相手がこちらの意見はおかまいなしに、

「俺の言うことを絶対に聞けばいいんだ!」

としてきた場合が「押し付け」となります。

ただ誰かが自分の意見を主張しただけの場合は、
「価値観の押し付け」
とはなりませんから、

「この人の意見、自分は気に入らない」

と思っただけで、

「この人は自分の価値観を押し付けている」

と考えるのは違うということです。

自己主張するべきときはする必要があり、
お互いが関わるときに
相手や自分の主観と価値観に対して、
譲歩すべきところは譲歩したりする、
受け入れてあげたり受け入れてもらったりする必要もある、
ということです。

それからこれをいつも
頭に置いておいていただきたいのですが、

人というのは小さなころから
お母さんやお父さんや学校の先生に、

「こうしなさい」「ああしなさい」と『命令』されて
それに従わないとならない子ども時代を過ごし、
社会人になると上司や先輩などから仕事のことで
「これやってくれ」「あれやってくれ」と『命令』されて
それに従わないとならなくて、
「命令」に従って生きて来たため、

誰かになにかを言われたとき、

「これをやれと命令された!」

と無意識に受け止めてしまうのです。

相手はただ

「自分はこう思っているんだよ」

と「言っているだけ」だったとしても、
自分のほうはその相手の言って来たことに対して、

「言うことを聞け!と言われた!」

と無意識に思ってしまうのだということ。

相手が「ただ自分はこう思っているんだ」と
「言っただけ」なのか、

相手が自分に「私の言うことに従え!」と
「命令」してきているのかを見分けるのは、

相手の「意見」に対して自分が、

「あなたはそう思っているんですね。
私はそれについては違う思いでいて、
これはあなたにそうしろと言うわけではなく、
私はこう思うんだなというだけのことなんですが、
私はこれについてはこれこれこう思っているんです」

と言ったときに、相手が、

「それはそうだけど(または「それは違う!」
これこれこうなんだよ!
だからこうしたほうがいいんだよ!」

と相手が自分の意見に「従わせよう」としてきた時は、
相手が「命令」してきているということになります。

ただ、人生体験が少ない場合、
相手の意見を取り入れてみることで、
うまくいくということも時にはあります。

相手になにか言われた時、

「命令されている!」

と無意識に受け止めてしまうのだということ、
心に留めておくといいと思いますよ。
(*^^*)

関連記事
スポンサーサイト