『生まれつき奴隷の心と魂と星の持ち主』で奴隷扱いだった一面があるのではと気づきました


一昨日、『私の宇宙(世界、人生体験)で体験した人間関係の正体』について書かないとなと、もう一度、いろいろ思い返していてハッと急に気づいたのですが、

「私って、子供時代を見ても、生まれつき奴隷じゃないか。

スピリチュアルカウンセリングでピタゴラスの何かの誕生日チャートを出しておられたけれど、自分の中心の核となるものがないとのことだったし、子どもの頃から自我がすごく薄かったし・・・

『生まれつき奴隷の魂』の人もいるってこと?」

と検索をかけたら、『アリストテレスとディオゲネス』という桃山学院大学の論文らしきものが引っかかったのです。

桃山学院大学総合研究所紀要 第33巻第1号
[同研究:世界市民の論理と倫理]
アリストテレスとディオゲネス

https://www.andrew.ac.jp/soken/pdf_3-1/sokenk173-1.pdf

とても長文だからまだ最初の方しか読めていないのですが、

「人間のなかには生まれつき奴隷がいる」

という事実があるとアリストテレスが言っているとのことが書かれているのだということで、これから時間をかけて上記論文(?)を読みますが、

家庭環境などで奴隷として売られてしまって奴隷をしているというのは今でも海外ではあり、
(そういう人を助けるためのNPO団体がありますし)

日本では昔は貧しいのに子どもが多いおうちの親が、お金がなくて子どもを育てられないからと、口減らしのために子どもを商人の家に奉公をする子どもとして売ってしまったり、女の子だと女郎屋に売ってしまった歴史がありますね。

今は、待遇がよくない企業で馬車馬のように働かされている人たちや、主婦の方は時給790円や800円くらいで長時間労働をしながら家事労働もしていますが、それは日本がアメリカの敗戦国として今までずっとアメリカの奴隷国家の状態だということがあるからですね。

ただ私が言っているのはそういう、金銭的なことで奴隷にされましたの話ではなく、

「生まれつき心や魂が奴隷な人(その場合持って生まれた生年月日時刻の星の配置がもうそういう星の配置)」

としか思えない、そういう魂と心の人がいるのではないかと・・・

なにしろ私が生まれ育った家庭つまり親の私への対応はそうとしか思えないし、そういう態度を21歳から出会って来た人たちの中でそういうことをしてきた相手がいるじゃないか・・・

と思ったのです。

この『生まれつき奴隷の魂』で検索をかけたら、初期のキリスト教では、

「奴隷は救われて天国に行けるが奴隷を使った主人はその罪で天国には行けない」

とかそんな言葉が検索で引っかかった記事のタイトルの下の数行の文章表示でちらっと表示されたのですが・・・

韓国の仏教系聖者のマスターゲートさんが2015年のクリスマス講話でイエスさまの18年の謎のお話をされていたのですが、マスターゲートさんは不思議な力をお持ちで、イエスさまは12歳の時にインドに留学した話をされておられるんですが、

悟りへの道 マスターゲートさん
クリスマス講和 キリスト18年の謎

https://www.youtube.com/watch?v=2P-uTgDr0PM
(動画中盤の1時間くらいを過ぎたあたりからイエスさま18年の謎の話をお始めになられます)

イエスさまがインドで仏教のお勉強をしていた時、インドのカースト制度を批判することを貴族とかの集まりだったかで公的な場で言ったことで、イエスさまはその国から逃げなくてはならなくなってチベットの高僧のところに行った・・・

という話をマスターゲートさんがお話なさっていたことがあるんですが、初期のキリスト教で「奴隷は救われて天国に行けるが奴隷を使った主人はその罪で天国に行けない」とかいう教えは、イエスさまの御言葉があったのだろうと思いました。

私が人間関係の見つめ直し・分析のことを書き綴った記事で書いた、

「母の承認」
(人は一生、他者に『母の承認』を求め続ける)


のことと、

斎藤学(さとる)メッセージ
母の承認ということ

http://www.iff.co.jp/ssworld/mssg/mssg_1.html

「知識をどれくらい知っていて人生体験を積んでいるかに関わらず体だけは大人でペ●●の快感だけはいっちょまえに求める幼稚園児」

という、男性が『理想の妻』に対して求めている条件があきらかに

「セ●●●もできるママ&下女(つまり女奴隷みたいなもの)」を求めている

の話を書きましたが、新たに人間関係について自分の過去を思い返してハッと気づいたのは、

「(男であっても女であっても)生まれつき自我が薄い奴隷の心と魂の人」
(おそらくそれは天使の魂や輪廻転生で聖職者をとてもやった魂で奉仕者の魂の人が考えられ、性格的にとても優しいという人)

の種類(?)の人がいるのではということ、

そしてそういう人を自分の支配下に置いて奴隷にしてこれでもかと幸せを得ようとする

「支配者の魂(悪の心・支配欲のパーセンテージが高い心の魂)の男や女」

がいて、これらの心の持ち主が『支配する』側と『隷属する・隷属させられる側』(別の言い方で『従属する・従属させられる側』)をやる『エゴの愛の愛憎劇』をやっているのが多くの人間関係ということではということに行き着き、

そしてその人間関係を、相手への『恋』や『愛』の『恋愛感情』の気持ちや、

「母親から愛されているのと同じものが欲しい」という『他者への甘え』の気持ちを持つことで、

これらの『主人と奴隷』の人間関係で『奴隷』の立場側になっているのを、

「だって彼(彼女)を愛しているから、やってあげたい、尽くしたい」

と思っていることで、自分が相手の『奴隷』になっているだけなのだとか思わないだけかそれに気づかないでいるだけということじゃないかと思いました。

私が過去の人間関係を見つめ直して検索をかけては分析してきて掴めてきた人間関係の『正体』ってこれらなのではないかと思います。

きっと、心理学とか哲学とかお釈迦さまなどの聖者の言葉とか宗教の世界の教えとか神話とか、そういうのでこれについては古代から言われていたのではないのかなぁと、

そういうのの専門的勉強をされて人生体験も積まれている方はもうわかっているのであろうことに、よんじゅううんねんの今年(2017年)になってやっと気づいてきたということで、

大学で臨床心理学とかそういう心についての専門的勉強を4年間とか大学院まで行って4年以上勉強した方というのは、そういうことを18歳~20代前半あたりでもう知ってしまっているということなんだろうなぁと、

とにかく人間関係で、

『奴隷扱いされているだけ』という物の見方もできるし、

『聖職者の魂としての慈愛・慈悲の奉仕を求められている』という物の見方もできるし、

『優しいお母さんの愛を求められている』という物の見方もできる

という人間関係のことについて、私がそういう方たちと関わるためには、とにかく、

『意見をはっきり言えることとそれを言うための意志の強さとエネルギーの強さ』

と、

『嫌われてもかまわないという心の強さ』

と、

『良い人と思われなくていいという心の強さ』

と、

『ビンタやお尻ペンペンできるくらいの相手に厳しくする心』

と、

『相手が聞く耳を持たない態度ならご縁をスパッと切るクールさ(冷酷さ)、つまり相手から全力で逃げる心』

と、

『相手が悪魔の誘惑に負けていることを伝えることができる『悪』がわかる心』

と、

『特定の他者(個人)に依存しない心』

と、

『他者に甘えたいという気持ちを持たないこと、母親の優しい愛と同じものを他者に求めないこと』

と、

『他者の幸せを神さまにお祈りすること(慈悲の瞑想など)』

か、

『奇跡のヒーラーのブルーノ・グルーニングさんにその相手と自分の心を癒していただくためのお願いをしてのアインシュテレンをし続ける心』

と、

『フラワーエッセンスの『セントーリー』や困っている心の引っ掛かり問題を改善するフラワーエッセンスを必要な時に必要なだけ摂り続けること』

は必要だと思いました。

支配欲の強い支配者タイプの人が私を見て私を舐めていい相手だと判断するのは、私のことを『奴隷』だと無自覚もしくは自覚ありで思っているか、

奴隷タイプの人が私を見て私を舐めていい相手だと判断するのは、「この人はとても優しい人だから自分に優しくしてくれる、従ってくれる人だと勝手に思い込んでいる」

ということのほうが有力な物の見方なんだろうなと、

そしてそれを神さまや光の存在はそういう物の見方をすることに対して良く思わないってことなのではないかなとエンジェルナンバーのメッセージを見ると思いますのでがんじがらめな気持ちになったりしまして、

ようは天使や聖職者の魂の人や純粋で繊細でとても優しいご性格の人は、この『奴隷の立場』に気づくと、

「人間関係において私に人権が与えられていない」

ということに気づいて苦悩して辛い思いをするようになり、
心理カウンセリングを受けたり、神さまや天使さまや守護霊さまのメッセージを求めてスピリチュアルカウンセラーさんにご依頼して鑑定を受けてみたりするとかするのですが、

1時間のセッションに1万円とか1万5千円とか支払ってもたいしたことを教えてもらえず、あまり納得ができない結果と、結局人間関係が変わらないことが続くことを得るのだろうと思います。

霊能者に相談して霊的なことを教えてもらうのはカンニングと同じだという話を先日ネットでちらっと見たんです。
それもあってスピリチュアルカウンセラーさんや霊能者さんは霊視とかで得られる情報はたいしてクライアントさまに教えないのかもしれませんね。

神さまやそのお使いの天使や守護霊さんは『隣人を愛しなさい』『慈愛』『慈悲』で相手を見ることを良しとしていますから、「自分が相手の奴隷にされている」という物の見方を良しとしないのだろうと思います。

つまり、天使や聖職者の魂の人や純粋で繊細でとても優しい性格の人は、

「愛の気持ちを高めて相手に愛を与えているだけでそれは私の喜びなので奴隷とはとても思いません」

という支配者にとても都合のよい心で生きることを求められているということになるわけですね。

ですが私は18歳の頃から今までに21年間、一人暮らしをしているので、「自分で選びたいことは自分で選ぶ」選択肢を与えらたことで、奴隷でいることは嫌だという心と自我を持ったのです。

もちろん、私のように他者から愛されない「奴隷扱いされていたのか」な人生を歩んできた私には他者に「愛を与える」どころか「人を愛する気持ちがない」な人なんですが、

フラワーエッセンスとブルーノ・グルーニングさんにお願いしてのハイルシュトロームで意識レベルの数値がポジティブエネルギーのレベルの数値が出た状態で、

「愛するとか愛さないとか愛されるとか愛されないとか、そんなのどうでもいいじゃない、どちらでもいいじゃない^^」

みたいなことを感じている心になってしまったので、(いや、優しくしたり優しくされたりするのは心地よいし気分いいですよ)、母親から愛されなかった人はエネルギーヒーリングに取り組んでポジティブエネルギーのレベルになっても私のような状態になる方もいるのかもしれませんね。

(それはそれで「このままでいいのか・・・イエスさまもブルーノ・グルーニングさんも「隣人を愛しなさい!」と同じことをおっしゃっているし、、お釈迦さまは「慈悲」のことをおっしゃっているようなのだけれどそれができない~」と考えてしまうこともあります)

他者に支配されてしまったり都合よく利用されてしまう心を持っている方は、
フラワーエッセンスの『セントーリー』が改善の対応をするフラワーエッセンスで、改善したいという本気の気持ちがあってこのフラワーエッセンスの波動が合うなら改善していくと思います。
(お花を美しいと感じる心やお花が好きという心があるならですが)

フラワーエッセンスの『セントーリー』の説明はこちらのページを↓

eパスタイムさん
セントーリー(フラワーエッセンス)

http://www.pass-thyme.com/shopping/bb004.asp
(もしお住いの地域に『Loft』さんがあるなら、ハーブやアロマを売っているコーナーで売っている可能性が高いですよ)

他人を支配する心が強い方はフラワーエッセンスの『チコリー』が改善に対応するフラワーエッセンスですが、本気で改善したいと思う気持ちがあって波動が合えば改善していくでしょう。
お花が美しいとか好きと思える心があればですが。

(人はみんな自分を支配して奴隷にしてくる人を愛することはないと思います。
少なくとも私はそういう相手を愛していないと思いますがその人のことはなるべく逃げるか避けて遠くで幸せを願うお祈りやアインシュテレンはできます。
他者から愛されるには他者から愛されることを自然とする人でなければ愛されません。)


eパスタイムさん
チコリー(フラワーエッセンス)

http://www.pass-thyme.com/shopping/bb008.asp

お住まいの地域に『Loft』さんがないということなら、海外直輸入店の『サプリンクス本店』さんや『iHerb』さんで『Loft』さんや日本のネットショップよりお値段がお安く売っていますので、何本も買うならサプリンクスさんがありがたいですが、アメリカや海外から発送されるので到着に1週間ほどかかります。日本のネットショップで買うならお値段は『Loft』さんと同じで送料かかりますが3日くらいで届くのであまり待たないで済むだろうと思います。

サプリンクス本店
バッチフラワーエッセンスのページ

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これから集中的に『セントーリー』を摂りながら、奇跡のヒーラーのブルーノ・グルーニングさんにお願いしてのアインシュテレンでポジティブエネルギーの意識レベルの数値まで波動を上げていくことにします。

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ところで、上記でご紹介した韓国の仏教系聖者マスターゲートさんのクリスマス講話の動画を再生させていたら、

「“わたし”という人はこの宇宙を探してもただ一人しかいないんですよ。
それだけ“わたし”は素晴らしい人なんですよ。(中略)」

ということをおっしゃっていて、この“わたし”とは“わたしたち一人一人がそれぞれ”ということを言っている、つまり、

「あなたという人はこの宇宙を探してもただ一人しかいないんですよ。
それだけあなたは素晴らしい人なんですよ」

とおっしゃっているのだということだと思います。

イエスさまもそれをおっしゃりたかったんじゃないかな?と思いました。

だから初期のキリスト教では「奴隷をして苦しんだ人は救われて天国へ行けるが、奴隷の主人はその罪によって天国には行けない」ということが言われていたのではないかなぁと思いました。

「あなたという(神が創られた)宇宙でただ一人の素晴らしい存在を奴隷にする人は罪(悪ということ)なんですよ」

ということじゃないかな?と思いました。

それに、イエスさまは、

「お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、 裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』
すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。 いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。 いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』
そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。
(聖書:マタイによる福音書25章35節~40節)」

とイエスさまがおっしゃったと聖書には書かれているとのことで、これはイエスさまが、

「あなたの隣人を私だと思いなさい。
あなたの隣人を私だと思って助けてあげなさい。
それは私にしたのと同じことである」

みたいなことをおっしゃっておられるっていうことなわけですよね。

要は、たとえ『生まれつきの奴隷の心と魂の人』でそういう立場を周囲に求められてしまっても、自分の心が他者への愛でいっぱいの心の境涯なのなら、自分が奴隷だなんて思わないってことなんだよなぁとも思いますが、自我が強く目覚めるほど奴隷の心って失うと思います。

昨日、ある聖書系団体を退会した友達Aさんと人間関係で私が気づいたことや体験したことをメールで話してお返事をいただいていたのですが、

私のある言葉で「あっ」と気づかれたことを友達Aさんが教えてくださったのですが、

キリスト教は『神さまは私を愛してくださる』『自分を愛するように隣人を愛しなさい』はあるけど『人から愛されなさい』がないことに気づいたとのことで、
キリスト教は「欲しがってはいけない」という宗教でしたと、それが良いのか悪いのかはわからないとのことをおっしゃっていました。

「俺(私)の為にやってよ。俺(私)に従えよ。」

は「欲しがっている」ってことですから、キリスト教ではダメ~ってことのようですね。

良い人間関係ってお互いが相手に対して、

『聞く耳を持って
思いやり、与え愛♡』

ができるかどうかだと思いますけれどね。

相手の言うことに耳を貸さずに「俺(私)の要求を飲め!」ってやる人は、相手に好かれないし良好な人間関係は築けないと思います。

『主人と奴隷』関係で『主人』が『奴隷』に愛される関係なんてないと思います。

『主人』が『奴隷』に愛されるとしたら、親子関係の小さい規模での支配関係(これはカルト宗教とたいして変わらない)くらいだと思いますね。

『神の道具』になるのが『徹底的な奴隷の心の魂』なのだとしても、マザー・テレサは無理難題には「ノー!」とはっきり言われたそうですから、

奴隷扱いされないために、しっかりと自分を大事にして相手も大事にできる場合は大事にできるようにするためにも、フラワーエッセンスとブルーノ・グルーニングさんなどのエネルギー療法で心をしっかりとさせていくよう努めます。

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