自分に優しくすることを学んでいる最中です


私は自分に厳しくすることがいいのだと、正しいのだと思っていました。

でも、ず~~~っとオラクルカードを引くと天使たちから、

「あなたは自分に厳しすぎます!もっと自分に優しくしてください」

というカードを引き続けました。

自分に厳しくすることが、私の場合、自分を愛さないことであり、自分を攻撃することだったのです。

それで、昼夜逆転してしまったり、いつまでもだらだらと寝てしまったりなど、自分のだらしない面を許すことにして、自分に優しくするようにしたのです。

自分に厳しくすると、他者にも厳しくなるということに、天使たちは気づかせてくれました。

自分に優しくすること=自分に甘くすること

と考えてしまうのですが、自分で自分に「いいこいいこ」をすることが自分に優しくすることなのかもなぁと考えて、自分で「これは自分に甘い」と思っても、それが「自分に優しくする」ということなら、とりあえずちょっとやってみようと思って、だらしない自分を許しました。

すると、関わる人のことで、前は許していなかった部分を認めるというか、許しているのかどうかはわからないのですが、「そういうものか」と受け止めたりするようになりました。

最近は、オラクルカードで

「あなたは自分に厳しすぎます!」

というカードはそんなには引かなくなってきています。

まだ、厳しい目で他人と自分を見てしまうところもあるのですが・・・それは自分とその人の「そのまま」を受け止めていられていないってことなんだろうなぁと・・・

社会で(企業で)働いている人は、厳しい環境に身を置き、仕事をこなすために上司や同僚からも厳しくされ、自分でも自分に厳しくしないと会社がまわっていかない(仕事がまわっていかない?)というのがあるので、自分に厳しくすることは「その通り」なのだと過去に企業で働いていたことのある私も思うのですが・・・

自分に攻撃することにならないように、「ここは自分に厳しくしたほうがいい」ということと、自分に甘くしすぎないように「ここは自分に優しくしたほうがいい」という風にするのに、どのようにしたらいいのか、まだ加減がわかっていません。

ある方がわたしのことについてご意見を言われたのですが、そのご意見を聞いて、その人が自分に厳しくて自分に攻撃しているから他者のことも許せなくて私に厳しいのかなとも思いましたが・・・

その方が私に対して思うことは、私がそうだからということじゃなくて、私の「ここがこういう風」という鏡を見て、自分の中の嫌な面を私という鏡に見ているんだということなので、その人によく思われるために私が自分を変えるというのは、それは『他人軸』で生きていることになるので、それはちょっと違うということで・・・

NLP(神経言語プログラミング)の本を借りて読みましたが、

「結局 自分の中にある価値観で自他ともに裁くのが人間」

ということが書いてあり、十人十色のそれぞれのその人の価値観で自分が裁かれていたり、自分が他者を裁いていたりするわけで、

「自分が正しい。他者が変わるべき」

と思っているのが人間ということになるわけですが、他者を変えるんじゃなくて自分を変えないと物の見方や相手に対する見方が変わらないということを聞きます。

ただ、『人』の視点で見ているうちはこのセカイは自分にとって幸せなセカイにならないので、私は『聖霊の視点と物の考え方』を教えてくださる『奇跡のコース』という聖霊とイエス・キリストからと思われるメッセージを学んでいます。

NLPの本に「起きる出来事は無色透明」で自分の価値観というフィルターを通して見ているからというようなことが書いてあったのですが、まだその「起きる出来事は無色透明」というのが理解できていないので、もう一度本を読み直し、それでもわからなかったら対話ボランティアのミーティングで聞けたらいいなぁと思います。

もっと自分というものをしっかり持って他人の意見などにぶれない自分になりたいので、そこをフラワーエッセンスでのセルフヒーリングで癒していけたらなぁと考えています。

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