『アカシャ光の叡智』を読みました


ゲリー・ボーネルさんの『アカシャ光の叡智』を読みました。

この本の前作があることを知らずに買ってしまったので、前作も読みたいです。

さて、この本は、ゲリー・ボーネルさんが9歳のときの光の叡智の体験を綴ったものです。

ゲリー少年は、飛ぶことを夢見ていました。

ゲリー少年の継父(ままちち)はゲリー少年を虐待していて、ある日、ゲリー少年の頭を銃で殴ったことで、ゲリー少年は飛ぶ(幽体離脱)ができるようになったのです。

そして、交通事故に合った弟の病室に飛び、そこで弟のヒーリングをしていた光の存在のイーライと出会い、イーライからいろいろと教えてもらい、アカシャと呼ばれる“記録の殿堂”(アカシックレコード。宇宙図書館)に行くことができるようになります。

前作を読んでいないので、ゲリー少年がまずなにから教わったのかはわかりませんが、ゲリー少年は当時から見て未来である“光の12日間”のことや、“光の12日間”の前に現れる『反キリスト』人物のことや、世界中で蔓延する病気のことなども教わったようです。

ゲリー少年の頭に時々聞こえてくる“声”はイエス・キリストの声でした。

ゲリー少年は過去世で、イエスと共に居た弟子だったのかもしれませんが、イエスの生涯を記録した人生を歩んでいました。

ゲリー少年の教師はイエス・キリストで、ゲリー少年は夢(と彼は思っていた)の中でイエス・キリストと会い、大切なことを教えてもらったりしました。

この本を読んで、多くの母親や子育て経験のある人は驚くかもしれません。

なぜなら、8~9歳のゲリー少年はとても頭がよく、そこらの大人でもこんな理解力はないだろうというような理解の仕方やものの考え方をするのです。

日本の女性は赤ちゃんや子どもをとても幼稚な存在だと思っていて、赤ちゃんに赤ちゃん言葉で喋る方が多いですが、大人の魂を持つ赤ちゃんもたくさんいて、赤ちゃん言葉で話しかけられてバカにされていると思う赤ちゃんもいるのだそうです。

この本を読むとたった8歳~9歳の男の子であるゲリー少年が、大人顔負けの物の考え方や理解のしかたをすることができることに多くの大人が驚くのではないかと思います。

子どもによっては幼い魂もあるため、すべての子どもがゲリー少年のように大人な物の考え方をしたり理解力があるわけではありません。

「子どもらしくないと可愛げがない」

とおっしゃる人がいますが、そう感じる方は、心が幼いのです。

子どもを、一人の大人でもあると認めてそういう見方ができて、子どもにそう接することができる人、つまり子どもを大人扱いすることができる人は、心が大人なのです。

さて、この本の中に出てきたイエスさまは、

「“私であるもの”が“道”であり、“真実”であり、“光”であり、“私であるもの”を通じてでない限り“神の国”に入ることは誰にもできないのです。“私であるもの”は“愛”です。“内側”でその愛を見つけることです。そのときあなたは“故郷”にいます。」

とおっしゃっているのですが、これを理解するには、聖霊とイエス・キリストからのメッセージである『奇跡のコース』を学ぶのがいちばんいいと思います。

私は『奇跡のコース』を先に学んでいる方々から、『奇跡のコース』の言っていることを先に伝えていただいたので、実感として理解はしていないものの、知識としては『奇跡のコース』と同じことをイエスさまはおっしゃっているんだなと思いました。

ここでイエスさまがおっしゃっている“私であるもの”はおそらく私たちの心の一部である『聖霊』のことだと思います。

『聖霊』はこのセカイ(この世と霊界と呼ばれるあの世)という『幻覚』を『見て』いる「ほんとうのわたし」を正気に戻すために、私たちの中に創造主が置いてくれた、『神の考え』であり『神の計画』であり『私たちの正気の部分』です。

それから、『パーソナリティ自己』は『裁き』によって作り出されるそうです。

『自分が誰か』を忘れているいちばんの原因が『裁き』にあり、『裁き』はそれがどんなものであっても、私たちの意識内の障壁となっているそうです。

言い換えると“キリスト意識”と“人間意識”を隔てるある種の隙間ということで、この隙間が広がると、キリスト存在はそこにエゴ(パーソナリティー自己。自我のこと)を作り上げるのだそうです。

『パーソナリティー自己』は、このセカイで肉体を持って生存するのに必要な能力を機能させ始める責任を負っているそうで、そのため、このセカイで肉体を持って生きるのに不可欠なものとなっているそうです。

エゴ(自我)は神を裏切ったと勘違いしている私たちの『怖れ』からくるもので、『私』という光のまわりにあるもやもやの灰色の雲のようなもので、幻想の一部なんですが、このセカイを『見て』いる限り、エゴと離れることはできません。

けれど、『奇跡のコース』か『原始仏教』を学び、心の訓練をすると、このエゴを『薄める』ことができます。

最近、『悟り』に到達される方がどんどん出始めているそうですが、ちゃんと『奇跡のコース』か『原始仏教』で心の訓練をする必要があります。

「悟ったから、私はなにをしてもいいんだ!」

と勘違いして、怒りの感情で他者に攻撃したりする印可者もいるそうなのです。

「どんな時でも怒りは正当化されない。すべてをゆるしなさい」

と、『奇跡のコース』でイエスさまはおっしゃっているそうです。

そのため、『奇跡のコース』にはワークブックがあり、聖霊の視点と物の考え方でこのセカイのコト・ヒト・モノを見られるようになるための、『365のゆるしのレッスン』(心の訓練)があるのです。

それから、物質を霊体が運ぶことができるのだということがこの本には書かれています。ゲリー少年が実の父親に手紙を2通運んだことが書かれています。

なぜ霊体が物質を運ぶことができるかというと、すべてのものは光だそうですから、光にして持っていくのかなと思いました。


『すべては光』

という最新科学で物質が光であることを証明したという本があるのでamazonで探されるといいと思います。


聖者サイマーさんが、お金がなくてサイマーさんに会いに来ることができないある方に、会いにこられるだけのドル札を机の引き出しに入れておいたことがあるという話を聞いたり、『スピリチュアルTV』運営者のテディさんが『抱きしめる聖者アンマ』に会いに行った時、お財布の中がビブーティ(聖灰)でいっぱいで、それに新聞の切抜きのアンマの写真が丸まって入っていたそうですが、霊体はそういうこともできるのだと納得しました。

うちの神棚にお供えしているコーヒーも、蒸発でなく量が減るので、やはり霊体であるうちの亡き父が飲んでいるのはそういうことか!と思いました。

『アカシャ光の叡智』はスピリチュアリティの真実を学ぶのに手助けしてくれる本だと思いました。

この本の前作も読みたいです。

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